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作者: 七七日

 私の目は休むことなく文字を追っている。

「未咲―」

 文章が頭の中で変換されて情景を描く。

「おーい、未咲―」

 上から下へ、次は左へ文字を追い求める。行き止まり、ページをめくらなきゃ。

「未咲ってば!」

 思い切り肩を揺さぶられて意識を現実に引き戻された。

「え……あ、詩織。どうしたの?」

「どうしたのじゃないよ。もうとっくに授業終わったよ。クラスの半分以上はもう帰ったし」

「本当だ。いつのまに」

 つい先ほどまで日本史の授業のさなかだったはず。初老の日本史教諭は寝ていようが他の教科の勉強をしていようが何も口出しをしてこないのでクラスの半数の生徒は違うことをしている。だから少々後ろめたさが残ったが私も読書を初めて―――、気がついたら今に至る。

「まったく。本当に本好きだよね。その本、今日から読み始めたんじゃなかった?」

「うん。そうだよ」

「もう終わるところじゃん……。どんだけ読むの速いのよあんたは」

 今朝方読み始めたこの本。約300ページほどの普通の文庫本だが、しおりが挟んでいる位置はもうかなり後半の方だった。

「この本は特におもしろかったからいつもよりは速く読み進められたの。詩織も読む?」

「いいよ、私は。私が読む文字は漫画の台詞だけだよ」

「名前は詩織(栞)で本に因んでるのに……」

「うるさい。じゃあ、私部活いくね」

「じゃあね」

 詩織は陸上部に所属していてとても運動神経がいい。明るくて活発で、いつも生き生きとしている。それに引き換え私は運動はからきしで、いつもおとなしく席に座り読書に勤しんでいる。

 正反対の私達だけど仲はいい。登下校はいつも一緒だ。

 放課後は詩織の部活が終わるまで私は図書館で読書。

 文芸部とかがあれば私も部活ができたかもしれないけど生憎ながらこの高校にはない。

 『作ればいいじゃない』なんて詩織は言ってるけど、私はそんなアグレッシブな性格ではない。

 部を作るにはまず同好会を作らなければならない。同好会を作るには人数五人以上と顧問の先生を見つけなければならない。内気な私には他に四人集めることから無理だ。

 だから私は放課後、一人で読書を楽しんでいる。一人文芸部だ。

 

図書館に移動し、いつも座っている定位置に腰掛けた。その席からはグラウンドが一望できて、元気よく走ったりとび跳ねたりしている詩織を見ることができる。

教室で詩織に遮られた本を取り出した。もうクライマックスで残り十数ページだった。

すぐ世界に入り込むことができ、五分ほどで読み終わってしまった。

「ふぅ……」

 ふと図書館を見回してみる。

 今現在は私一人しかいない。

 ときたま本を借りに来たり、返しに来る生徒はいるが、ここに留まっているのは私一人だけだった。

「あれ?」

 読み終わった本(小説)の解説が終わった次のページ、著者、発行者、発行所などが書いてあるページに何やら描いてあることに気付いた。

「あしあと?」

 それは足跡を模したイラストだった。

 鉛筆かシャープペンで描いてあり、消しゴムで消えそうだった。

 公共の物に落書きするなんて……、なんて思ったけど消さないで残しておいた。

 別に悪質的なものではないし、ほんの小さな落書きだったし。それにこの『あしあと』を残した人の気持ちもなんとなくわかる。自分が読んだものには、自分が入って世界には足跡を残したいものだ。私の場合は読んだ本は全てノートに軽く感想を添えてまとめている。

「返却お願いします」

 すっかり顔なじみとなった図書館の職員の人。物優しそうな五十代の女性だ。

「はい。相変わらず未咲ちゃんは読むの速いねえ」

「本ばかり読んでますから」

「今日も何か借りて行くの?」

「はい。今から選びます」

 さて、次は何を読もうかな。

 今日読んだ本がおもしろかったから同じ作者の本を借りよう。

 図書館の本の並びを把握している私はすぐに目的の作者の本を見つけることができた。

 タイトルだけを見て適当に決めた。

 早速借りて、定位置に戻り、ゆっくりとページを繰った。

 そしてページが進むにつれ徐々に意識は現実世界から切り離されていった。

 次に現実世界に戻った時は部活を終えた詩織が私の肩を揺さぶった時だった。


 今日の放課後もまた図書館のいつもの定位置に座り一人文芸部の活動を開始した。

 今日は体育があったせいか少し疲れて微かな眠気がある。

 椅子に背を預け目を瞑った。今すぐにでも眠りそうだった。

 だけど今読んでいる本はあと数ページで終わる。それまでは我慢することにした。

「あ……」

 本を読み終わり、微かな期待を込めつつ思いつつ後ろのページを見ていると予感は的中した。またあの『あしあと』の落書きが描いてあった。

 そうか、この人もこの本を読んだのか。まあ同じ作者だからその確率は高かったはず。

 その『あしあと』の主に妙な親近感を感じて自然と笑っていた。

 その主は何年生の誰か、なんてことはわからない。

 小学校にあった小さな図書室なんかで本を借りるときは本の後ろに挟まっている貸出カードにクラスと名前をかいて借りるというシステムだったから誰がこの本を借りたかはすぐにわかった。勝手に借りていく人もいたけど。

 この学校の図書館は広くて、本の数もかなり多い、そのせいかはわからないけど、本を借りるときは学生証にあるバーコードを読み取ってもらって貸出者などをパソコンで管理するという少し近代的なシステムだ。

 だから一般の生徒がこの本を以前だれだれが借りていた、なんてことは知ることができない。

 まあ、いいか。 

 私は机にうつ伏せになって目を瞑った。


「考え事?」

 帰り道、横を歩く詩織が不意にそう言った。

「え、なんで?」

「いや、なんか難しい顔してたから」

「……ちょっと今日読んだ本の考察を」

「まったく、いつも本のことばっかり考えてるね」

 私は思わず嘘をついた。

 別に隠すようなことじゃないけど、あの『あしあと』の落書きのことは彼(彼女?)との二人だけの秘密にしておきたかった。

 もし詩織も本を読み始めるようなことがあったら、そのときは話してあげて、仲間(?)に入れてい上げよう。


 それから毎日、本を読み終わるたびに楽しみが一つ増えた。後ろのページに『あしあと』があるかどうかドキドキしながらページをめくった。

 何度か本の後ろ部分だけ盗み見たい衝動に駆られることがあったけど、それはルール違反だって、なんとなくそう思った。

 あの『あしあと』の主を私はFPと呼ぶことにした。足跡を英語でFootprint頭文字をとってFP。

 FPの読む本は主に小説――物語だけだった。エッセイとか伝記とかはにはFPの足跡はなかった。

だから私もFPの足跡を追うように小説ばかり読むようになった。

いつのまにか私もFPのように何か自分がこの本を読んだという証を残したい衝動に駆られた。

悪いことと知りつつ、ごめんなさいと心で呟きながらついに私は描いてしまった。

名前の『咲』に因んで小さな花をFPの『あしあと』の横にちょこっと植えつけた。


私のゆく先々は既にFPが通った後だった。

これでも読むペースは速いつもりなのだけど、まだFPには追いつけないようだ。FPの『あしあと』を発見した日から今日まで読んだ小説には全てFPの過ぎ去った跡があった。

 FPとはどんな人物なのか私は興味がわいてきた。

 普段の学校生活の中でも気がつくとふとFPの姿を探していた。本を読んでいる生徒、本を持って廊下を歩いている生徒。彼、彼女がFP? 視線があちこちに彷徨う。

「なにきょろきょろしてんの?」

 ついには詩織にそう言われる始末。

 

 FP、あなたは誰?

 あなたがめくったページを私は今めくっている。

 あなたが入り込んだ世界に今私もいる。

 あなたが辿った道に小さな花を植えて同じように証を残した。

 あなたが残した途切れることない足跡を私は毎日追いかけて。


 初めてあの『あしあと』に気がついた日からもう三カ月ほどたっていた。一日一冊としても大体百冊読んだことになる。その間、私が読んだ小説(物語)には全てFPの『あしあと』が刻まれていた。

 一目会ってみたいという気持ちが強かったけど、図書館で待ち伏せするようなことはしなかった。あくまでわたしは放課後にしか図書館に行かない。

 『あしあと』の落書きによって私が知り得たFPという人物。だからFPにも落書きによって私の存在に知らしめたかった。

 そんな画策が私にはあった。

 そのためにはFPに追いつくことが条件だ。


 さらに一月が過ぎた。

 未だにFPの尻尾はつかめない。

 私は徐々にFPが存在するのかどうかも怪しくなってきた。FPと言う人物はもう既に卒業してしまった人ではないのか? 手の込んだいたずらではないのか? 

 私は弱気になっていた。

 心なしか『あしあと』の横に添えた花も弱々しく見える。


「最近なんか元気ないね」

 席に座り本を読む私に詩織が話しかけてきた。

「そう?」

「うん。溜め息も多いし。……ひょっとして恋?」

「ううん」

「……その淡泊な反応は、違うのかぁ」

「詩織も浮いた話は聞かないね」

「私は……うん、ないよ」

「怪しい」

「私のことはいいから。ささ、読書に戻ってください」

 さては詩織の方こそ恋してるのかな。

 いや、それにしても恋、か。

 私がFPを追い求めているこの感情は恋と言うものに似ているのかもしれない。恋をしたことない私が言うのもなんだけど。

 見えない相手に恋をするなんて、私は変だろうか。


 その日、チャンスは唐突に訪れた。

 私はいつも通り、放課後になると詩織の部活が終わるまで図書館にいた。そして本を返却するとき職員の方が言った。

「そうそう、今日入ってきた新しい本があるんだけど良かったら借りてみる?」

 そして数冊の本を前に並べた

今日入ってきたことってことはもちろんまだFPの『あしあと』は刻まれていない。

「はい! 是非借ります」

「そう。どれにする?」

 並べられた新しい本の中から、私は一冊を選んだ。

「これにします」

 そしてすぐさまいつもの定位置に座り早速読み始めた。

 詩織の部活が終わって、一緒に帰って、家に着いたらまたすぐに読み始めた。

 読むことを止められず深夜二時ほどまでかかってその本は読み終わってしまった。


 次の日の放課後、図書館に向かう私の足取りは緊張で少し震えていた。

「返却、お願いします」

「あら、もう読んだの。いつも速いわねえ」

 本を返却するときはまるで初めて書いたラブレターを投函するような気持ちだった。ラブレターなんて書いたことはないのだけど……。

 そのラブレターには言葉は何も書いていない。ただ小さな花を添えただけだ。今までと違うのは『あしあと』はなく花だけが寂しく咲いていることだった。

 もしFPがこの本を借りて、いつも通り自分の『あしあと』を残そうとしたとき。きっと気付くことだろう。私の足跡に。私の存在に。

 その日は本を借りずに図書館を後にした。


 それから数日は本を読むことなく日々を過ごした。

 本のない生活は久々だった。そのため何をすればいいかわからず時間をかなり持て余した。

「どうしたの? 最近本読んでないね」

 詩織が珍しがって話しかけてきた。

「うん。ちょっと休憩」

「飽きたの?」

「ううん。ただちょっとね……」

 怖かった。

 図書館に行くことが。

 真実を知ることが。

 だけど、確かめなければいけない。

 明日、行こう。

 私はそう決意した。


 約一週間ぶりに図書館に足を運んだ。

「あら、久しぶり」

「久しぶりです。あの前借りた新しく入った本はどこにありますか?」

「あそこに親書コーナーを阿多sらしく作ったからそこにあるわよ」

「ありがとうございます」

 その親書コーナーは小さな本棚が一つだけ置いてあるだけで、そこに数冊の本が並べられていた。この間借りた私の本もそこにあった。

 恐る恐る中を見る。

「あ………った」

 確かにそこにあった。あの見慣れた『あしあと』が。この前は確かになかった『あしあと』が。

 たったそれだけのことでも私の鼓はいつもの倍のスピードでビートを刻んでいた。

 私はその本を静かに戻した。

 そして隣の新しい本を抜き取って借りた。

 後ろを見ることはしない。読み終わるまでは。


 久しぶりに読んだ本は一層に楽しめた。

 今まで読んでいなかった分余力が有り余っていて、どれだけ続けて読んでも疲れることはなかった。

 約三時間、休むことなく読み続け、ついには読み終わってしまった。

 そしてそっと後ろのページを捲る。

 そこには見慣れた『あしあと』が。

「また、先越されちゃった」

 本を閉じるとひらりと何かが落ちた。

「ん?」

 それは栞だった。

 読んでいる間は気がつかなかったが何処かに挟まっていたのだろう。

 そして何かが書いてある。

『5-3』

 五の三。

 一見しては意味が分からない。

 しかし図書館に通い詰めている私にはその数字の意味が分かった。

 五は専門書、そして三は確か電気関係の意味だったと思う。その本があるのは図書館の奥であまり人が寄り付かない場所だった。

 つまり、そこで待っている。そう解釈していいのだろうか……。

 だけど時間も日にちも指定されてはいない。

 取り敢えず、明日行ってみよう。


 放課後はすぐに訪れた。

 またしても緊張した足取りで図書館の中へと進み入る。

 ゆっくりと指定された場所『5-3』の所へと向かう。

 そっと顔を出して覗いてみた。そこには難しい本が厳かに並べられているだけで誰もいなかった。

 もしかしたらまた暗号文じみた手紙があるかもしれない。そう思ってじっくり辺りを見回してみた。

 試しに電気関係の本の中を何冊が覗いてみたがそれらしいものはなかった。

 諦めてそこから出ようとしたとき後ろに気配を感じた。

「あの……」

 そこには一人の男子生徒が立っていた。

「あ……」

 私は何も言えずただ立ち尽くした。

 その男子生徒には見覚えがあった。と言っても何度か廊下ですれ違ったぐらいだ。おそらく同学年だったはず。

「あの、僕は七組の立川。これ描いたのは君?」

 立川君は一冊の本を取り出し、後ろの方のページを開いた。そこには彼が描いたであろう『あしあと』と私が描いた小さな花があった。

「……うん」

「ついこの間この花の絵を見つけて、それで今まで読んだ本を見返して見たらほとんど全部に同じ絵が書いてあって。それで、思わずあんな手紙見たいんな物を出したんだ。でもカバーとの間に挟んであったから見つかる確率は低いと思ってた」

 立川君はたどたどしくそう話した。

「私は、その数ヶ月前にその『あしあと』の絵をみつけて、それでマネしてみて。私が読む本読むほん全部に『あしあと』があった。それでこれを描いたひとはどんな人なのか私も一目会ってみたかったから……その」

 私の言葉をかなりたどたどしくなった。

 それから、暫くぎこちない会話が続いたり、沈黙が訪れたりと少し気まずい空気が続いた。

 でもまあしかたないことだ。だって今まで出会ったことも言葉を交わしたこともなかった。

 小さな二つの絵でコミュニケーションを取っただけだったのだから。

 

 それから、

 いつも放課後図書館で活動していた一人文芸部は二人文芸部になった。

 私たちを結びつけてくれた小さなあの落書きには感謝している。

 そしていけないことだけれど、今も彼は『あしあと』を残し私は『はな』を植え付けている。

 同じ本を読んだ人で、もしこの落書きに気付いたなら、君の証も残してほしい。

 その落書きはきっと私達を繋げてくれるから。


読んでいただきありがとうございます^^

感想などいただけると幸いです~

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[一言] 面白かったです。 図書館の本に後書きを付けていく二人の関係という設定が良かったですよ。 会話ではなく、本の世界観を通してというのが良かった。 また、図書館というのが、インターネットなどでの出…
[良い点] 人の心は些細なことをきっかけに大きな感情を生み出していく、そういった心模様の描写が「うまい」と率直に思いました。 なんとも表現しにくい「人とのつながり」という温かみが私の心に残りました。 …
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