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第十三話 ICE of ACE

 シエルの前に現れたのは銀髪の女性。氷の上から降りてきた彼女は、


「足下の男、私の仲間だから返してほしいな。返してくれたら貴女の仲間も解放する。争いに来たわけじゃないから」


 と言いながらシエルに近づく。シエルは彼女を警戒しながらも、


「分かりました。バルバ・ゼルバから離れる代わりに、今すぐ氷を溶かしなさい」


「はい、どうぞ」


 一瞬で氷が消えて騎士たちが解放される。魔獣たちは凍ったままだ。銀髪の女性はバルバを担ぎ、そばのシエルに


「貴女はまだ、彼に届いてない」


 とだけ残し、あと二人回収しなきゃ、と言って去っていった。


「隊長、力になれずすみません。ヤツは一体?」 


「詳しくは分かりませんが、『ACE』の一員のようです。それに……恐らくかなりの実力者。今後の警戒対象に加えましょう」


 窮地を脱した三番隊は魔獣を解体した後、中心街へと進みだした。





 ダイン西部。『ACE』の部隊とアヴァリティアス騎士団四番隊はより一層激しさを増していた。


「『止まれ』」


 ディクトが命令する。ソヌスは一瞬硬直するが、すぐに動き出す。ソヌスのナイフがディクトの皮膚を裂き、赤い血が垂れる。


「どうしたんだ? さっきまでより随分と効きが悪いな。ほら、もっと大声で命令しないと効かないんじゃないか? ええ?」


 ソヌスが笑う。ディクトの顔には若干の焦りが浮かんでいる。



 ディクトの『王の勅命(キングス・コマンド)』最大の弱点。それは、効果の効きが弱くなることである。同じ内容の命令を受けるほど相手が慣れていき、最終的にはその命令を無視できるようになる。



 一方、ソヌスはまだまだ余裕のある顔つきでディクトに攻撃を仕掛ける。

 ナイフをサーベルで受けるディクトだが、威力に耐えきれず後退。ビルの壁まで押し込まれる。さらにソヌスは蹴りを放つが、ディクトは横へ転がって回避。蹴りが壁に直撃した瞬間、ビルが異様に揺れた。


「逃げてばかりだな、クソガキィッ!!」


 ディクトを追うソヌス。その速度は独特に変化している。足下で地面が揺れている。その様子を見て、ディクトは気付いた。


「アンタ、振動を操作してるな? さっきの蹴りが当たったビルが変な揺れ方してたし」


 逃げながらディクトが話しかける。ソヌスは一際強く地面を蹴り、ディクトのすぐ後ろまで接近し


「半分正解だ。アタシが操るのは『波』。振動も含まれてるのさ」


 そう語るソヌスに対してディクトは、


「『下がれ』!」


 しかし、ソヌスは後退しない。なぜなら、


「だから、アタシは『音波』も操れる!!」



 彼女にディクトの声は聞こえていない。波を操作することで周囲の音をシャットアウトしているのだ。



「アタシに勝とうなんざ百年早いんだよ! ケツの青いガキがっ!!」


 ソヌスのナイフがディクトに届く、その瞬間。


「がっ!!?」


 ソヌスの体が地面に叩きつけられる。さらに、彼女は起き上がれずにいる。


「なっ、なんだ?」


 疑問を口にするソヌス。しかし、答えは目の前にある。

 そこにいるのはディクトただ一人。彼は左手の人差し指を、下へ向けている。


「いつ、僕の命令は声だけって言ったかな。『王の勅命』の発動条件は、相手が命(・)令(・)の(・)内(・)容(・)を(・)認(・)識(・)す(・)る(・)こと。声でも、ハンドサインでも、文字でもいいのさ」


 這いつくばるソヌスへディクトはニッコリと笑顔を向け、


「ま、勘違いしたアンタの敗けだよ。って、ああ。聞こえてないんだっけ?」


 ディクトがサーベルを振り下ろす。




 しかし、その刃はソヌスに届かない。


「誰だ!? アンタはッ」


 突如割って入る銀髪の女性。彼女がサーベルを受け止めたのだ。


「私? 私のことはまあ、気にしないで。ソヌスの回収に来ただけだから」


 既に左肩にバルバを担いでいる彼女は右脇腹にソヌスを掴み、歩いて去っていく。


「逃すわけないだろ。『動くな』!」


「! 本当に動けないね。じゃあ、貴方も動かないでくれる?」


 銀髪の女性が言葉を紡ぐと同時、ディクトの全身が凍りついた。そして女は『王の勅命』から解放され、脚を動かし始める。


「隊長!!」


 魔獣を倒したシンがディクトのもとへ走る。しかし、銀髪の女性もそれ以上追撃することはなく、シンとディクトを一瞥して去っていった。





 そのすぐ後、銀髪の女性はダインの中心街に現れた。倒れたトロンの回収に来たのだ。トロンを起き上がらせて移動していた彼女の前に、灰の獣が着地する。新たな敵を目にした獣は咆哮し、灰でできた翼を広げ触手を伸ばす。


 一方、銀髪の女性は涼しげな顔で、


「今ここで貴方と会う予定じゃなかったんだけど……。まあ、少し遊ぶ?」


 脇と肩に抱えたバルバとソヌスをトロンに預け、獣の前へ歩きだす。

 好戦的な目で見下す獣。

 挑発的な目で見上げる女性。



 先に動いたのは、灰の獣だった。

 銀髪の女性を覆うように翼で囲い、拳を振り抜く。その手を難なく受け止めた女は、


「お返し」


 獣の胴体に凍った拳が突き刺さる。女は吹き飛んだ獣に一瞬で追い付くと、首を掴んで締め上げる。宙に持ち上げられた獣は触手を女に向けて脱出を図る。

 しかし、突然現れた氷塊が灰の触手を防ぎ、女の手から放たれた氷の礫が触手と翼を破壊した。

 銀髪の女性は右手で掴んだ獣を見つめる。


「なんか、不細工になったね。魔獣みたい。それに、すごく弱い。昔の貴方はこの程度じゃなかった。私を殺せるくらい、強かった! そうでしょ、バ(・)ー(・)ン(・)」


 俯いた彼女の右手に力が籠る。呻き声をあげる灰の獣。その体から灰が落ちていき、全身を覆う鎧が消え始める。中から出てきたアッシュの顔を見て彼女は手を離す。


「髪、灰色になったんだ。でも顔は変わってないね。じゃあね、バーン。私は貴方を救えないから、乗り越えて。生きて、また会いに来て。そして、今度こそ、私と……」


 別れを告げ、彼女はトロンたちのもとへ戻る。

 横たわるアッシュ。そばの地面は濡れていた。





 雨が頬を叩く感触で目が覚めた。なぜか懐かしさが込み上げてきたが、その感傷は目の前の景色に吹き飛ばされた。


 跡形もなく消えた建物。瓦礫の山と化した街。

 そして、誰がこの状況を作り上げたのかを思い出す。意識はなかった。だが、この体は覚えている。溢れ出る灰と衝動。暴れ回る体と本能。

 俺が、俺が全部やったんだ。


「そうだ、イブは、トロンはどうなって……」


 立ち上がったそのとき、少し遠くで音がした。そこにいたのは、アヴァリティアス騎士団三番隊――

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