2話 前章2
「はぁー」
ため息と共に無力を噛み締めながら夜空を仰ぐ。気持ちが落ちていても月は変わらず、バイクで移動しているのに見守っているとばかりに追いかけてくる。
「先輩、前見てくださいよ!」
「うるせぇ、今話しかけてくんな」
走が異能を目撃して、異能者に接触してしまった。それを二回も。
「言っときますけど、僕は《誘導》使ってましたよ。先輩も知ってるでしょ?僕は所詮意識の介入なんですから、寝たりとか失神とかされたりすると意味ないの」
「知ってるから、何も言ってねぇんだろうが」
記憶処理は異能に関わるほどその効果を落としていく。異能者と接触することがあり得ないため、二回目の記憶処理なんぞレア中のレアケースだが。
「次は…、ないな」
「そうですね。というよりも、二回目となると何がきっかけで思い出すかわからないですよ」
「そうならないためにお前がいるんだろうが」
「あれ、この前要らないって言ってませんでしたっけ」
「お前は空気を読め」
苛立つままにハンドルを握り締め、思考を振り払うようにスピードを上げる。
だが、思うことは無力を呪うことだ。
「先輩」
「なんだ」
「先輩の懸念を払う方法。教えてあげましょうか」
銀鏡は腰に回した手を片方だけ解き、人差し指で言葉の頬をつく。
「言霊を使えばいいんですよ。うちらがやっている記憶処理は所詮科学的根拠に基づいたものに過ぎません。でも、異能を使えば確実に忘れさせることはできますよ」
言葉はその言葉に眉間に皺を寄せながら応える。
「できないことはないだろうな。そいつを廃人にさせていいんだったらな」
異能はそこまで都合がいいものではないし、細やかな調整が効くような代物ではない。
忘れろと言霊でいうのは簡単だが、人格ごと忘却してしまう可能性がある。
「巻き込むよりは隔離してる方がマシなんじゃないですか?」
「はっ、お前も異能者だな」
そのままバイクを飛ばし続け、二人は都市を離れる。道の街灯はだんだんなくなっていき、薄暗い中を突き抜けていく。
「先輩」
「なんだよ」
「なんで、修多羅さんを殺さなかったんですか」
「………」
殺さなかった…か。
そりゃ当然の疑問だな。
「わからないわけないですよね。異能者は単体で軍隊の一個師団に該当します。つまりは、街を滅ぼせるんですよ」
「理屈ではそうだな。だが、それは所詮机上の空論に過ぎねぇよ」
「私たちは軍隊みたいなもんですから、下手したら千里さんに殺されても文句は言えませんよ」
「言わせねぇさ。こう言うことのために、俺は最前線で命を張っているんだから」
山道をバイクで駆け上がり、中腹の広場へと移動する。そこには更地が広がり、その周りは森が広がるだけ。
「『開けろ』」
その一言で中央が裏返り、地下へと続く道が現れる。
「音声入力。それも、『言霊』が大前提なんざ、鍵穴として小さすぎやしねぇか?」
「先輩専用の入り口ですからね。私たちの入り口はこんな場所にはないですよ」
「おい、それ初耳なんだが」
「あ、これ秘密でした」
「え、俺嫌われてんの?」
「まさか、先輩は表でも裏でも有名ですからね」
そうやって保護する名目ではぶってんじゃねぇんだろうな。
泣くぞ、俺。
「はいはい、バカ言ってないで早く行ってくださいよ。さっきから携帯に千里さんからまだかって言われてんですから」
「へいへい」
パイプだらけの地下道を進むと、そこには駐車場が広がる。有名な車やバイクがずらりと並んでいるなか、端の方で安物のバイクを止める。
「激務だからこんなことにしかお金を使えないですよね」
「こんなこと言うなよ。趣味で買ってる奴もいるんだから」
「先輩はそれこそハーレーとか買わないんですか?」
「そんなの戦闘のたびに壊す自信しかないわ」
「そうは言いますけど、あのバイク一年近く使ってますよね?」
「まぁ、貰い物だからな」
駐車場のエスカレーターへと向かうと、出発するために扉が閉まろうとしていた所だった。
「先輩!急ぎますよ!」
「えー」
「乗ります!乗ります!」
中の人が大声に気づいたのか、閉まりかけたエレベーターは再び扉を開けた。
「ハァハァ、間に合いました」
「はぁはぁ、後輩がすみません。開けていただいて…」
顔を上げると、そこには白衣の男が腕を組んで壁に寄りかかっていた。
「相変わらず急いでいるな。言葉」
「なんだよ、延永かよ」
「なんだとはなんだ。年上に向かって」
「たかだか26歳だろ?対して変わんねぇよ」
「17歳のガキがだろうが。お前は」
互いにジャブを終え、延永はすかさず言葉の右腕を荒々しく掴む。
「何すんだよ」
「黙れ、担当医である俺が診てやってんだから」
マジマジと毛穴を見逃さない勢いで言葉の腕を睨め付ける。その腕は妙に色白いだけで、その他は何もなかった。
「やっぱりだ。お前、手首にあった生傷はどうした」
「生傷?んなものあったか」
「あった。お前が忘れても、俺が忘れるわけがねぇだろうが」
生傷か。
そんなものは体中にあるため、特段珍しいものでもない。
「それがなんだってんだよ」
「わからんか、これだからは馬鹿は。お前はテセウスの船を知っているか」
「余計な一言言わないと気がすまねぇのか。そして、知らねぇよ」
「だったら、馬鹿にわかるように説明してやるよ」
テセウスの船。
これは哲学的パラドックの一つ。
そこには一艘の船があった。
その船は嵐に晒されることが多くあるため、船の部品がなくなることはしょっちゅうある。
そのため、帰る時に修理する際は必ず新しい部品を付け加えて出航する。
それが年月を重ねていくと、やがて古い部品は全てなくなり、新しい部品だけのものとなる。
そして、このパラドックスの問いはこうだ。
構成要素が別のものに置き換わったものは、元のものと同じだと言えるだろうか。
つまり、新しい部品だけとなった船は、元の船と同一のものだと言えるだろうか。
「と言う話だ」
「へー、そんなのあるんだな」
「はぁー、おめでたい奴だな」
「延永さん、それって先輩が」
「あぁ、お前のその状態は修多羅砕破が発現させた、『修羅』みたいな異形系の異能と同じだ」
「存在置換だな」
「そうだ。お前が元の部品を想像することなく、ざっくりと"人の腕"で構成するならそんなことになるんだよ」
チン。そんな高い音ともに、エレベーターが最上階に着いたことを知らせる。
エレベーターが開くと共に、言葉は延永の腕を振り払い、外へと出る。
「気にすんな、少なからず医者のあんたが気にすることじゃねぇよ」
「テメェ!まちやが…」
エレベーターは閉まり、延永の行手を遮る。そのままエレベーターは下の階へと降りていった。
「いいんですか、先輩」
「いいんだよ、後輩」
捲り上げた裾を直し、ポケットに手を突っ込んで廊下を歩く。
二人で無言で歩き続けると、そこには筆で書いたような豪快な字で所長室と書いてあった。
「じゃあ、私はここで待ってますんで」
「あぁ、行ってくるわ」
近くにあった液晶へと手を置くと、指紋認証をするセンサーが通り抜ける。センサーが間違いなく言葉であると認識すると、扉はゆっくりと開く。扉の向こうには無論所長室である。
中央には向かい合う高そうなソファと中心にはガラス製のテーブル。その奥には教壇のような机に、その奥で高そうなテーブルで踏ん反り返る美女がいる。
「よく来たな、言葉君」
そこにいるのは、異能殲滅会の所長である立花寺千里その人だった。




