2話 前章1
落ちろ、指示のままに。
殺到しろ、赴くままに。
走る。走る。
今日も私は走る。
陸上の中でも長距離という特性上、放課後は校庭を周回することが日常となる。
私、闇無走は誇るような記録を持つような選手でもないため、こうやって無心に走るしかないんだ。
「………」
無心と言ったけど、最近の私は気になることがある。
校庭で"何かあった"ような気がする。それは私がこんな風に走れるようなものじゃなくて、そこら中にひび割れていたはず。
さらにいうと、校舎もこんなに綺麗じゃ無かったはずだ。穴だらけだったはずだし、窓ガラスも全部割れていたはずだ。
「………」
フラッシュバック?というやつなのかな。そういう光景ばかりで、なぜそうなったのかは全くもって思い出せない。
「闇無!集中!」
「はい!」
校舎を見上げていたのがバレたのか、それとも心の内を読まれたのか。
どっちにしろ、無心でないことは確かだった。
「フゥー」
走り込みは終わり、体を急激に冷やさないために校庭を徒歩でさらに一周する。
そうやって、私の部活は終わる。
部活の終わりは決まっていて、教室へとすぐさま戻り、本を読んでいる女生徒へと声をかける。
「終わったよ、砕ちゃん」
「お疲れ様、帰りましょうか」
修多羅砕破ちゃん。
最近仲良くなったばかりの友達だ。
中学空手の世界王者と言われているが、立ち振る舞いからそんな気配を微塵も感じない。だけど、彼女の全身から放たれる気迫のようなものは、その強さを証明していると思う。
「最近リストバンドつけているけど、バスケ部リスペクトなの?」
「いやいや、単純にオシャレとしてつけているだけよ」
こんなくだらない話を私は彼女とし続ける毎日だ。
「そう言えば、今日言ちゃんはどうしたの?」
「言葉?あいつなら仕事があるって先に帰ったわよ」
「いつも仕事してるよね。苦学生なのかな」
「さぁ、そこまで話したことないわ」
「中学からの知り合いなのに?」
「そうよ。あいつは自分のことに関しては踏み込ませないから」
そんなこんなで話していると、ちょうど別れ道となった。片方は駅へと、もう片方は砕ちゃんの自宅へと続く道だ。
「徒歩通学なんて羨ましいよ」
「私は遠い方がよかったわよ」
そんな言葉を交わして、私たちは別れる。
駅へと着いたら改札を通って、電車へと乗り込む。
「まもなく発車いたします」
そんな駅員の気の抜けたセリフで電車は走り始める。
「ふわぁぁ」
最寄り駅まで1時間以上。
どうやら部活で疲れが溜まっていたようで、眠気が襲って来た。
「寝よ」
そうやって私はガタゴトと揺れ動く電車の最中、静かに目を閉じた。
寝てからしばらくして。
ドォンという轟音と共に、私は目を開けた。
「へ?え?え?」
目を開けると電車内の照明は切れており、辺りは闇に包まれていた。
「まさか!」
電車の納車の時間まで寝こけていたのかと焦って携帯を確認したが。
「20時?」
最寄り駅に後数分後に着くという時間。
何もおかしな時間というわけでは無かった。
「ぐはぁ!」
すると、隣の連結部分の窓を破りながら、苦しそうな声を上げながら何かの影が近くに落ちて来た。その際に何かが頬につくような感覚があり、思わず手で拭ってしまった。
「何これ…」
手を携帯のライトで照らすとそこにあったのは血だった。
つまり、目の前の影は人であり、今血を流していることになる。
「だ、大丈夫ですか!」
心配で駆け寄り、その人の体へと手を添える。
手には生暖かい感覚が襲い、足にはわずかな水音がしており、大量に出血していることは明白だった。
「あぁ?こんなとこに人?だと」
「え?」
「銀鏡、あいつ。ぶん殴んねぇとな」
「は?」
一言であるならまだしも、二言目を聞いてそれを確信してしまった。
「言…ちゃん?」
「は?」
違って欲しいという願いとともに携帯のライトで顔を照らすと、そこには違いなく歴木言葉だった。
「そ、走!?なんで!?」
「そ、そんなことより、き、傷が」
ポケットからハンカチを急いで取り出し、傷口へと押し当てる。だが、そんなことで血は止まることはなく、ダラダラと流れ続ける。
「走、やめとけ。それよりもはやく逃げろ」
「ダメだよ!ただでさえこんな出血しているのに、このままじゃ死んじゃうよ!」
「安心しろ。傷はどうせ治る!」
「何言ってるの!出血しすぎて頭おかしくなったの!」
血液の水溜りはどんどんと広がっていき、それは致死量である1.5リットルを優に超えていた。だが、医療従事者でもないため、走は人間であれば手遅れであることに気づくことはない。
「泣かせてくれるやないの。異能殺しも所詮は人ってわけかいな」
連結部分のドアを蹴り飛ばし、車両の中へと侵入する。ギシギシと電車を軋ませながら、ゆっくりと二人に近づき、ニヤリと笑いながら見下ろす。
「どうした、嬢ちゃん。そんなに体を震わせて。寒いんか?」
怖い。怖い。
怖い怖い怖い。
逃げたい逃げたい逃げたい。
脳が警報を鳴らしている。
生存本能が危機を知らせている。
「あ…、か…」
嫌だ嫌だ。
死にたくない。死にたくない。
「予想通り、パンピーか。この距離で異能使わんのは無能力者だって薄情してるもんやからな」
ケッケッと異能者は笑う。
「ど、どうか、見逃してください。誰かわかりませんが、言ちゃんが死んじゃうんです。どうか、どうか」
絞り出すように走は言葉を紡ぐ。
それを聞いた異能者はしゃがみ、走と目線を合わせる。
「嬢ちゃん、それはできん相談やな。私はこいつを殺すためにきたんや。ここで死んでもらわんと、困るんは私や」
「え?」
「嬢ちゃんも死んどくか?ついでに」
「それはできない相談だな。『吹っ飛べ』」
「え?」
先ほどまで目の前にあった顔面が、体ごと奥の車両へと消えていった。
「重ねて、『治れ』」
気づけば目の前に言ちゃんが立っている。
なぜか、流れていった血を吸収しながら。
「はえ?き、傷は?」
「説明は後でする。とりあえず今は逃げろ」
「え?」
頭の処理が追いつかない。
今、何が起きているんだ。
「酷いことするなぁ、私は提案をしただけやのに」
異能者は再び姿を表す。先ほどまでの憐れむような目はなく、獲物を狩る狩人の目を携えて。
「殺し屋の言葉なんて耳が腐るだけだ。ましてや友達になんか聞かせてらんねぇんだよ」
「何言ってんだか。その殺し屋にボッコボコにやられたのが原因ちゃうんかなぁ?」
「ボコボコだって?おいおい、俺にとってはこんなもんかすり傷にもなりゃしねぇぞ?」
「言ってくれるやんか。なら、私の異能ですりつぶしてやるわ!」
その声と共に、二人は消えた。
いや、列車の端へと言ちゃんの顔面が叩きつけられていた。
「イキっといて捉え切れてないやんか!」
「捉える必要がないからな」
叩きつけられた衝撃で傷ついた両腕を相手の腕へと巻きつけ、一言つぶやく。
「『治れ』」
その一言ともに瞬時に癒着を始めて、がっちりと動きを止める。
「なんや!?」
「さらに、『吹っ飛べッ!』」
電車の天井を突き破り、二人は上空へと放り投げられる。体制を崩しながらもなお戦い、電車の上に着地する。
「はぁー、やめややめや」
異能者は両手をあげて、がっかりしたように声を上げる。
「今のあんたと戦ってもなーんもおもんない」
「何?」
「嬢ちゃんばっかり気にして、戦いに集中してくれんのやもん。おもんないわ」
言葉は睨みながら、ゆっくりと口を開く。
「名前を聞こうか」
「ええよ、名乗っても困るもんやないし。あ、本名やないで、殺し屋としての名前やからな」
瞬時に足を動かし、電車に傷をつける。
「見てわかる通り、私の名前は佐夜鹿や。よしなにつっても、短い付き合いと思うけどな」
そう言って、佐夜鹿は電車から飛び降りてそのまま姿を消していった。
「言ちゃん!」
「ああ、大丈夫だ」
穴から車両へと飛び降りて、走の元へと戻る。
「言ちゃん!説明し」
「『眠れ』」
「あえ…」
強烈な眠気に襲われて、走はそのままバッタリと倒れる。
「ハッ!」
目を覚ますと、照明は煌々と車内を照らしており、周囲には人が所狭しと並んでいる。
「え?あ?え?」
プシュー。
そんな音と共に車両の扉が開く。
扉の向こうは最寄り駅であった。
「下ります!下ります!」
焦りながら周囲の人ごみをかき分けて、最寄り駅へと足を踏み締める。
プシュー。
再び音を立てて、扉はゆっくりと閉まる。
「……」
ガタンゴトンと音を立てながら電車は走り始め、目の前を通り過ぎていく。
「何か、忘れている気がする」
そんな不確かさを確信しながら、走は走り去った電車を見つめた。




