5話 レーゾンデートル4
「死んでくれ」
ドォン!
強烈な轟音と共に、教楽来と修多羅は校舎の外へと放り出される。
「オラァ!」
「なんのッ!」
修多羅は迫り来る教楽来の拳を冷静に掴み、一本背負の要領で運動場へと勢いよく放り投げる。
投げられた教楽来は向けられた力とは逆方向に体を旋回させて、勢いを殺してから着地をする。
「チッ、やっぱり普通の人間じゃないのね」
一般人ならさっきの状況なら何もできずに死んでいるのに、冷静に対処してみせた。不可解な状況を察すれば。
「あなた、異能者なのね」
「ほう?お前、異能者を知っているのか。そして、さっきの動きを考えれば、お前は修多羅砕破ってやつか」
「ええ、そうよ。私も名が知られたものね」
「自意識過剰だな。歴木言葉の知り合いで、武術家ってだけだ。空手の優勝者らしいが、所詮は人間規格の化物ってところだろ?」
「調べてくれて光栄ね。そういうあんたは、ただの無名でしょ?」
「言ってくれるじゃねぇか」
拳を受けてわかったが、並外れた膂力をしている。言葉が言っていた異常系?ってやつの異能者なのかしら。
まぁ、どのみち異能者として新参の私が呑気に様子見なんてできない。
「最初から全力で行かせてもらうわッ!」
リストバンドを片方だけ外して、異能を発動させる。
「鬼みてぇだな」
「まぁねッ!」
勢いよく地面を踏み締めて、一気に教楽来との距離をゼロにする。
「……成程」
「非天無獄流・三界流転ッ!」
防ごうとした教楽来の腕を両肩を突くことによって無効化して、勢いよく飛びながら旋回して左足の踵で教楽来の顔面を撃ち抜く。
「ぐッ!テメェ、武芸者か!」
吹き飛ぶ教楽来に一瞬で追いつき、勢いよく右手を弾きながら、左足で強く地面を踏み込む。
「違うわね、殺法家よ。非天無獄流・破岩一掌ッ!」
「ガハッ!」
掌底を胸骨に叩き込まれた教楽来は、血を吐きなが運動場を転がる。
「ハハハッ。異能殺しの周りはこんなに強い奴がいるのか」
教楽来は血痰を吐きながら笑う。
「型一つでも打ち込めば、大抵死ぬんだけど、あなたは違うようね」
蹴りはそもそも脳を粉砕するはずだし、掌底だって言葉のように胸骨から全身の粉砕に繋がるはずだ。なのに、奴は人間のような手応えを感じない。
「あなた異形系?いや、違うわよね」
異形系は私のように身体的特徴が出るはず。
だけど、奴は人間のままだ。
「どいつもこいつもそうだが、なんで戦場で一々考察を挟むんだ?戦いってのは、勝つか負けるかしかねぇだろうが」
「あなたのような馬鹿にはわからないのね。戦場で生き残り続けるために、考える必要があるんだよ」
「考える必要があるだって?俺の前では誰もが考えることを放棄するのに」
「何を……うっ」
奴が笑った瞬間に、次にやろうとしていた型を忘れた。いや、思い出せなくなった。
「あんた、私に何をした」
「《忘却》だよ。お前も忘れるんだよ。全部なッ!」
迫り来る教楽来の拳。
さっきと同様に、修多羅はそれを防ごうとする。
だが。
「あれ、何を」
「オラァ!」
「ウッ!」
教楽来の拳が見事修多羅の頬に命中して、修多羅は思わず後ずさる。
「ハハハッ!防ぎ方を忘れたかよ、殺法家ぁ」
私と相性が絶望的に悪い。
成程、これが言葉の言っていた懸念か。
「どうしたどうした?ほら、撃ってこいよ」
「くっ!はぁぁ!」
拳を振りかぶって、非天無獄流の型を繰り出そうとする。だが、教楽来に命中させようと言うところで、それが脳から霧散した。
「ハハハハハハ。もう忘れちまったか?」
「何を」
修多羅は苦し紛れに蹴りを繰り出す。
「よっと」
それを教楽来は軽々と受け止める。
「なっ!?」
「オラァ!」
教楽来は足を掴みながら、修多羅の顔面に肘鉄を入れる。
「うっ」
「まだまだァ!」
脇腹、顔面、肩、鳩尾。
それぞれを拳や蹴りで撃ち抜き、修多羅を吹っ飛ばす。
修多羅は吹き飛びながらも体を旋回させ、勢いを殺してから着地する。
「なんなのよ、アンタ」
「俺は俺だ」
次々と記憶が削られていく感覚がある。
思い出が一つ一つ消えていく。
「ハァハァ……、くっ」
立て直せ。まだ負けてない。
「負けてるさ。お前のような武術家は、大抵が自分の全身が正常な動かし方を知っている。だが、それらに一筋の綻びが生まれるだけで、お前らは途端に立ち行かなくなる」
「そんなこと」
「ある。少なからず、俺は武術家を50人以上は殺した。さっき?さっき戦った気がするが、まぁそいつは武術家じゃなかったが、武術家じゃない方が意地汚く戦ってくれるぜ」
「ハァハァ………、ハァハァ………」
記憶が消えていく。
「ダメ……、消えないで………」
言葉も、走も、親も。
そして、自分も。
何もかも消えていく。
「あぁ……、指が………」
記憶を完全に奪い切った《忘却》は、修多羅の存在の忘却へと移行する。
「いや………、私は……まだ………」
「タイムリミットが来たようだな。存外楽しめたぜ、⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎」
死にたくない理由があったはず。
死ねない理由があったはず。
大切な理由があったはず。
なのに、思い出せない。
「なんだっけ…………」
何もない。
何もないのなら、考えても仕方ないのか。
なら、消えることもしょうがないのか。
死ぬことも受け入れるしかないのか。
あれ、私死ぬんだっけ。
なんだっけ、私今何を考えてたっけ。
そもそも、私ってなんだっけ。
「私って、誰だっけ…………」
修多羅は自己空白を嘆き、涙を地面に落とす。
その瞬間、流星が校舎を貫きながら運動場へと落ちる。
「おいおい、お前は『修多羅砕破』だろうが」
男はニヤリと笑いながら、名前を呼ぶ。
「私は修多羅……砕破………」
人に名前を呼ばれたことによって、空白となった脳内に、失ったはずの記憶が完全に蘇る。
「あなたは誰………なの………」
「忘れたのかよ、中学からの腐れ縁だろうが」
男は修多羅と目線を合わせるためにしゃがみながら、修多羅の肩にポンと手を置く。
「俺は、『歴木言葉』だぜ。忘れんなよ」
「こと……は………」
「あぁ、言葉だぜ」
言葉は修多羅ににこやかな笑顔を浮かべた後、すくさま立ち上がって振り返る。そこに笑顔などなく、全身から教楽来へと殺意が向けられる。
「し、真打登場ってわけか」
「友達が随分と世話になったようじゃねぇか。テメェは問答無用にぶっ殺してやるよ」
言葉は、人差し指だけを曲げて、敵に言う。
「かかってこい。念入りに殺してやるよ」




