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1話 中章1

私の母は、十年前に亡くなった。

通り魔に腹を刺され、刃を無造作に引き抜かれたことで大量出血し、そのまま失血死した。

父は自衛隊で遠い場所に派遣されていたため、事件当時は居合わせることができなかった。

斑に染まった皮膚と、冷えきった体になった母の前で父は大声で嘆いていた。

「軍人である自分が、最愛の人すら守れなかった」と。

父の見たことのない姿に小学生である私が声をかけられず、ただ黙って部屋の片隅で座っていることしかできなかった。

翌日。それは唐突な出来事だった。

「砕破、お前に身を守る術を教える」

その訓練は軍人式のものであり、小学生にはとてもじゃないが耐えうるものではなかった。

全身は常に筋肉痛を起こし、体を引きずりながらフラフラと登校していた事は忘れられない。

「父さん、もう無理だよ」

「何を言ってるんだ!お前が強くならないと、母さんみたいに死ぬんだぞ!」

「でもこのままじゃ…」

このままじゃ訓練で死ぬと。

その言葉を紡ぐ事はできなかった。

直感的なものであったが、それを察せていたのは、あまりにも父の顔が酷かったからだろう。父にとっては、一番の冴えたやり方であって、それ以外の方法なんて存在しないと今でもそう思う。だけど、それは正解じゃなかった。

子供らしく悲鳴を上げていれば、私はここで一生の後悔をしなかったのかもしれない。

「何だ、砕破」

「いや、何でもないよ。続けるよ」

そんな狂気に呑まれた日々であっても、時間は容赦なく流れていく。それから4年もの歳月を重ねた後、私の体は精鋭の軍人が裸足で逃げるほどの肉体へと仕上がっていた。

そう、私の体は地獄と言ってもいい訓練に耐えきったのだ。

「ダメだ、このままじゃ」

ふと、父がそんなことを言った。

「ダメなんだよ!俺に負けるようじゃダメなんだよ!」

父は私に向かってそう言う。

だが、それは当然だ。

後に知ったことだが、父は自衛隊の中でもかなりの精鋭らしく、そんな人間に小学生女児が勝てない事は当然だ。引き分けにすることができるだけで、勝てる人間は一握りだと言うのに。

「砕破、お前は家にいろ。俺はお前を強くするために外に出る」

それだけを言い切り、父は家の扉を勢いよく閉めていった。それから一年の時が過ぎ、父は体をボロボロにしながら家へと帰ってきた。

「父さん今まーー」

「砕破!ついに!ついにできたんだよ!」

父は満面の笑みを浮かべていた。

狂気を顔に貼り付けて。

「今すぐ道場に行くぞ!すぐ覚えるんだ」

有無を言わさず父は私を引っ張り、訓練はすぐさま始まった。

異変はすぐわかった。

なぜか、構えが違うからだ。

その構えから繰り出されるものは敵を殺すためのもの。つまり、護衛術ではなく、拳術でもなく、殺法であった。

「こんなの間違っている」

そんな一言すらも、悲鳴すら上げられない私が言えるはずもなく、ただ次々と殺法を習得をしていった。

これほど見ればわかると思うが、私には才能があった。過酷な訓練を耐えられるほどの肉体と、見たこともない戦い方を瞬時に理解して体現できてしまうこと。

そんな異常な日常は1年間も続き、小学校を卒業する日にそれは起きた。

「卒業試験だ。俺と戦え」

父の目に、もう親の光はなかった。

私はあの時理解した。

これは戦いではなく、殺し合いだと。

「わかった」

二つ返事で了承した数分後、道場には血が四方八方に飛び散る。互いの肉体を削り合うように、容赦なく次々と殺法を繰り出し合い、互いを憎き仇のように殺し合う。

決着はすぐだった。

飛び散った血で父は滑り、体勢を大きく崩す。その一瞬を私が見逃すはずもなく、繰り出した拳は父の胸骨を粉砕しながら道場の壁へと叩きつけた。

その時、その瞬間だった。

「俺は…、俺は…」

父は信じられない光景を目にしたかのように、声を震わせながら首を横に振っていた。

その目には親の光が灯っていた。

そして、同時に悟ってしまったのだ。

「実の娘に…、なんてことを…。あぁ、うわぁぁぁ。うわぁぁぁぁぁぁぁ!」

しでかした事はあまりにも大きく、父はその場から逃げ出していった。そこから私は父の顔を一切見ていない。きっと、私に費やしていた時間を仕事に割くようにしているのだろう。いや、最早私にできる事はそれしかないと割り切ったのかもしれない。

私は仕送りされてくる大量のお金と、積み上がっていく貯金を見てそう言い聞かせた。

そうやって、私は家族の残骸の上で小学生を終えた。

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