4話 中章2
数日後。
私は空港の空を見上げていた。
「先輩、行っちゃった」
千里さんが北海道に異能者がいる情報を掴んだらしく、先輩はその様子見に行かなきゃいけなくなった。万が一のために、私は東京に残っておかなくちゃならなくなった。
「万が一と言ったって、先輩がいなきゃ終わりなのに」
異能殲滅会において、戦闘員は先輩の他にはいない。厳密には配備しようと思えばできると思うけど、先輩のように生き残り続けることは不可能ということだ。
私がその一例で、異能は使えるが戦闘はできない。そして、先輩みたいに"替が効く命"じゃない。
「はぁ、自分の無能を先輩のせいにするなんて、私も酷い人間になったな」
3年生となれば大学に行くことも少なくなり、インターンなどをして企業にお世話になったりするのだが、私は不知火さんの企業で働いていることになっているため、平日は暇を持て余す。殲滅会の出資先で色々都合はつけてくれるからいいが、そのせいで大学で少し目立つから困る。
「暇だ」
自販機でコーヒーを買って、それに口をつけながら空港を出ると、タイミングよく黒塗りの車が私の目の前と止まる。車の助手席の窓がゆっくりと下がり、運転手の女性が手を振る。
「鈴鹿さん」
「不知火さん!?」
「さっきまで取引先の人を空港に送っていたんだけどさ、たまたま見つけたから。乗って、目的地まで送るよ」
「あ、ありがとうございます」
促されるまま車のドアを開き、そのまま助手席へと座る。私が乗り込むのを確認すると、不知火さんはそのままアクセルを踏み込む。
車はエンジン音を一切鳴らさず、滑るように発進する。
「鈴鹿さんは、どうして空港にいたの?」
「先輩を見送りに」
「そっか、彼もう北海道に行ったんだね」
「知っていたんですね」
「まぁ、私の情報網は広いからね」
不知火さんはかなり謎の人物に位置する。
千里さんと面識があるわけじゃないし、先輩もこの前の反応を見ると知り合いだとも思えない。なのに、殲滅会に出資をし続けている。
「まぁ不知火さんですからね」
「あはは、何それ」
不知火さんは微笑みながらハンドルを操作して、車を左折させる。
「あ、癖で帰ってたけど、目的地聞いてないや」
「目的地ですか……」
家…はやることないし、大学……もやることはないし、殲滅会……もやることはないか。
「じゃあ、先輩の高校で」
「おっけ、あそこだね」
暇つぶしに先輩の高校でも行こう。
誘導を使えば、生徒全員に制服を誤認させられる。まぁ、立派な不法侵入だが。
「彼は、言葉君は元気かい?」
「元気ですよ。今日も行きたくないと文句をぐちぐち言いながら飛行機に乗ってましたよ」
「あはは、相変わらずだね」
なんでわざわざだとか、真夏だしちょうどいいかとか色々言っていた。まぁ旅行でもないし、仕事である上に、死ぬような目に遭わなきゃいけないため、それは文句も垂れたくはなるだろう。
「それにしても、今日はいい天気だね。いい青空だ」
「そうですね、快晴ってやつですね」
雲一つない突き抜けるような青空だ。
先輩は今頃、この空の中を突っ切っているのだろう。
「渋滞も許せる心の余裕が生まれるね」
「そ…うですね」
渋谷ともなればずらりと車が並ぶ。
スクランブル交差点には大勢の人が交差しながら歩き続ける。
これは私が思っていることだが、これほどの人間は一体どこから出現しているのだろうか。
そんなくだらないことを考えながら外を見ていると、制服と私服がダブって見えるような男がいた。
「誰だ、あれ」
その制服は先輩の高校のものだが、私は高校の人間であれば全員覚えている。
文字通り、全員をだ。
だが、あれはその誰にも当てはまりはしない。
「不知火さん、ここで降ろしてください」
「え?学校まであと30分ぐらいかかるけど」
「大丈夫ですから、私はここでいいです」
「………わかった。気をつけてね」
「はい、ありがとうございます」
車から降りた瞬間、《誘導》を発動させる。
出力をわずかに上げ、人混みに紛れながら、男へと近づく。
「姉貴、そっちは順調か?」
ここまで来ればはっきりと見える。男の服は私服であり、どう見ても成人を超えている男だ。
(電話をしているってことは、異能者がもう1人いるってこと?そんな、千里さんは何してるんだ)
異能によって人はどんどんとその場から消えていったため、近くの木に身を潜める。
「あぁ、決行は2時間後だ。それまで、学生時代に帰るとしようぜ」
男は携帯を切って、深く息を吐く。
「テメェ馬鹿かよ。こんな状況じゃ、異能者がいるって白状しているもんじゃねぇかよ」
男は胸ポケットに入れている薬を口に放り込んだ瞬間に、銀鏡の潜む木を勢いよく蹴る。
蹴られた箇所は粉砕され、木はポッキリと道路の方へと折れ曲がる。
「くッ」
咄嗟に身を屈めていた銀鏡は、銃を瞬時に取り出して、男へと撃つ。
だが、男は銃弾を見ながら顔を逸らして避ける。
「この距離を、避けた!?」
「女か、まぁいい」
木を植えていたブロックを粉砕しながら、銀鏡に蹴りを命中させる。
「ガハッ」
わずかに吐血をしながら、銀鏡は道路へゴロゴロと転がる。
「ハァハァ……痛い」
先輩に稽古はつけてもらっていたが、稽古と実践の痛みは違う。おそらく、肋骨が何本か折れてる。
「お前、異能者のくせに随分と弱いな。骨折ぐらいの痛みで悶えるなんてな」
「五月蝿いわね。あんたらみたいな化物と違うのよ」
「はっ、お前も化物だろ?何せ、異能者なんだからな」
くっ、どうする。
今までは先輩がいたから逃げられていたが、私1人ではそれはできない。
まだ、街全体から人を逃がせられてない。
「フン」
「…っ!?」
消えた!?
ど、どこに。
「集中してないな、テメェ。雑魚が戦場に来てんじゃねぇよぉ!」
男は目の前に出現して、力の限り拳を放つ。
「くっ」
ミシミシ。
咄嗟に防御した腕は攻撃によって鈍い音を立てる。勢いで体全体は浮き、近くのビルへと吹き飛ばされ、窓ガラスを割りながら床を転がる。
「つぅ………」
立とうと手をつくだけで、左腕から痛みが走る。もうダメだ。
「異能者ってことは、異能殺しのいる殲滅会とやらの人間なんだろ?まぁあんなシリアルキラーと違って、こんな雑魚も混じっているってわけか。なんだ、異能殺しも名ばかりの雑魚かもな」
「今、なんて言った」
銀鏡は左腕で拳を地面で殴りながら、その勢いで立ち上がる。
「異能殺しも名ばかりの雑魚だって」
「違う、その前だ」
「あ?シリアルキラーか?」
「そうだ、先輩がシリアルキラーだって?」
「シリアルキラーだろ。全国の異能者を殺し回る異能者で、次は自分じゃないかと縮み上がっている連中もいるぐらいだぜ?」
違う。先輩は異能者を全員殺しまわっているわけじゃない。問題を起こしている異能者を殺しているだけで、それ以外の異能者を見逃している。実際に、それを千里さんは黙認している。
「お前らが事件を引き起こすから、先輩が出なくちゃいけないんでしょ」
「はぁ?俺ら異能者が復讐をしようとするのは当たり前のことだろ?異能は深い絶望から発現するもんなんだからよ」
知っている。わかっている。
だが。
「復讐の連鎖を断ち切らなきゃ異能者が増えるだけでしょ!」
「綺麗事だな。それで世界が回っているなら、異能者なんて生まれないんだよ」
よし、そろそろ街全体に人がいなくなる。
「時間稼ぎは終わったか?」
「ええ、だから逃げさせてもらうわ!」
「はぁ?」
真後ろの扉を開いて、廊下を爆走し始める。エレベーターのボタンを押しながら、近くの階段を登り始める。
「待てやコラァ!」
後ろの怒声を聞きながら、携帯を取り出して連絡帳から千里さんの名前をプッシュする。
『はい、千里だが』
「ハァハァ、千里さん」
『銀鏡君?どうしたんだい?』
「渋谷に異能者が現れました」
『何!?私の異能でも観測できなかったぞ!』
「おそらくですが、認識改変の異能を使っています。本人は異常系だと思うので、もう1人の異質系がいます」
『なるほど。わかった、何人か構成員を派遣する。言葉君にも戻ってくるように連絡をする』
「頼みました」
携帯を切ったところで後ろを振り返ると、数段後ろまで敵は迫っていた。
「ほらほら、遅いなぁ!」
「安心しなよ、要は終わったから」
階段を登るということは、必ず足を踏み出すという動作をしなければならない。
つまり、銃による偏差撃ちが簡単になる。
「だよね、先輩」
胸ポケットから瞬時に銃を取り出して、ジャンプしながら後ろへと銃口を向ける。
「何ぃ!?」
敵の太腿に狙いをつけて銃弾を2発撃ち出す。
「くっ」
敵は避けようと身を捩り、片方の弾丸は避けたが、もう片方は太ももを見事に撃ち抜かれる。
「貴様ッ!」
「よし」
銀鏡は着地と同時に振り返り、再び階段を駆け上がる。屋上へと上がると、すぐさま階段から距離を取る。
「ハァハァ、……馬鹿が。自分から逃げ場をなくすとはな」
「ハァハァ………」
1発でももらったら致命傷になる。
だけど、敵の移動をかなり制限できた。
これであれば、避けながら時間稼ぎを。
「薬をもらっておいて、その程度の異能者に負けるなんてね」
敵の背後から、男装の麗人が姿を現す。
「雀居の姉御。あんたは異能殺しの偽装の準備があっただろ」
「気にしないでよ。すでに異能は発動しているんだ。修多羅と闇無には目撃されたんだ、もう大丈夫だよ」
「二人……目…………」
「おやおや、さっき自分で言ったんじゃないか。異能者が二人いるんだって」
二対一。
私じゃ……、どう足掻いても。
「『傷ついてなどいない』」
敵の異能の発動なのか、男の太ももの穴は瞬時に消えた。
「よし、これで万全だ。よくもやってくれたな、雑魚が」
「くっ」
「せっかくだからテメェの誤解を、存在ごと俺の異能で消してやるよ」
プレッシャーが増した!?
まさか、異能の発露か。
さっきまでは異能を使って、、、、。
「俺の名前は教楽来。そして、異能は《忘却》だ。覚えなくてもいいぜ?すぐに忘れるからな」
教楽来の名乗りを横目にため息をつきながら、雀居はカッコつけながら銀鏡に言う。
「僕、いやここではあえて俺と言おう。俺の名前は雀居。異能は《詐称》だよ」
忘却。詐称。
両方とも異質系か!?
「読み違えた」
「そう、致命的だったね。異能戦において、読み間違えはひどく後手に回る行為だ。そして、後手に回ることもね」
雀居がそう言い終わると、ぐにゃりと空間が曲がるような錯覚が起きた。
「……ッ!?」
めまいを感じて、咄嗟に近くの手すりを握って立ち上がる。
「さて、銀鏡さん。歴木言葉の異名はなんだったかな?」
「決まっているでしょ!異能…ッ!?」
言葉が出てこない。
あれほど、何度も聞いた名前なのに。
「自己紹介としては割と妥当な忘却だな。まぁ、どうせ全部忘れるから関係ないか」
「後手に回ったね。君は異能⬛︎⬛︎でもないのに、真似事をするからだ」
敵の発言でノイズのようなものが起きた。
忘却した知識への認識阻害。
かなり厄介で、タチの悪い異能だ。
「姉御、俺一人でもいいんだぜ?」
「いいや、確実性を高めるために二人でやるべきだ」
どうする。どうする。
何をするべきだ。
「随分と余裕だな。さっさと俺を倒さないと、お前の脳から知識がこぼれ落ちていくぜ」
考えているのに、つなぎ合わせた知識がポロポロとなくなっている。崩壊していくように、思いついたことが無くなっていく。
「くそぉぉぉぉぉぉ!」
銃で残りの4発を撃ち出す。
だが、4発とも二人にはすんなりと避けられる。
「もうやけくそか?はぁ、じゃあ殺すか」
教楽来は拳を振りかぶりながら突進をする。
「くっ」
銀鏡は紙一重でそれを避けるが、2発目の蹴りを避けられず鳩尾にくらってしまう。
「ぐっ」
「おらおら、まだまだだぁ!」
忘却による知識の欠損。
詐称による知識への認識阻害。
二重の情報攻撃は銀鏡の脳を襲い、現実では教楽来による暴力が加えられる。
銀鏡はどちらも防御することはできず、なすすべもなく蹂躙される。
「オラァ!」
教楽来の拳が銀鏡の頬を捉え、銀鏡は無抵抗に屋上の地面を滑る。
「うあ……あ……」
うめき声を開けながら、銀鏡は立ちあがろうとする。だが、それは体を震わせるだけで、指先ひとつぐらいしか動かせてなかった。
「ここまでくると哀れだね」
「そろそろトドメと行くか」
教楽来は銀鏡へと手を翳し、異能の出力を上げる。すると、白身の足元から存在の分解が始まる。
「最後に先輩に遺言でも言わせてあげるよ」
雀居は銀鏡のポケットから携帯を取り出して、言葉の連絡先をプッシュする。
『あい、言葉』
先輩。先輩の声だ。
「先輩先輩!私を覚えていますか」
『お前なぁ、また酒飲んでるんだろ。酒癖悪いんだから、あんま飲むなって』
せめて。せめて敵の異能を。
「先輩、聞ーー」
「そこまでだよ。もう十分でしょ」
雀居は携帯を切って、銀鏡の体へと投げる。
「しかし、存在の抹消まで行っているのに、⬛︎⬛︎⬛︎しのことを覚えているのか。さすがと言うか、なんと言うかだな」
「まぁそこまでしたわ…………」
もう意識が。ダメだ。
私は死ぬんだ。
「せ………んぱい」
銀鏡はほぼ全ての知識を忘却していた。
歴木言葉という名前も忘れて、銀鏡鈴鹿という自分の名前すらも忘れる。
だが、その中でも覚えていることがあった。
先輩という頼れる存在と、それに対しての強い憧憬。
「せん………ぱい」
ノイズまみれの記憶の中で、銀鏡は本能である記憶を再生する。
それは、幸神との会話。
心理学の学術論に対して、人間であることの限界を指す。主観性、倫理観、個性。
人間である限り、その三種に縛られる。
そして、それがある限り同じ人間が生み出されることはない。
「ゆう……どう………」
異能の知識までも欠損した銀鏡だが、忘却のおかげがその縛られた見識に違う解釈が混じり始める。
「くたばれ、銀鏡鈴鹿」
忘却の異能が完全に侵食して、銀鏡鈴鹿個人を完全に消し去る。そこにあるのは一人分の空白であって、それ以外には何もない。
「あっけなかったな」
「いや、そうでもなさそうだよ」
「なんだと?」
教楽来が後ろを振り返ると、そこには何かが集まろうとしていた。紫色の結晶が空中で形成され、それはやがて人の形を成そうとする。
「成程。君も"こちら側"だったか」
異能 誘導。
銀鏡鈴鹿はそれを思考制御と解釈しており、人々を逃すためだけにしか使ってなかった。だが、誘導はそもそも異質系であり、世界単位で干渉できる異能である。
そして、銀鏡はそこに別解釈を加えた。
それが、情報の収束である。
精神世界を外に拡散させることによって、世界の情報を自分の肉体に収束する。その情報とはもちろん、歴木言葉である。
「これは、俺の異能で消えたわけじゃないのか」
結晶は人の形を成して、皮を剥いでいくように、それは肉体を出力する。その肉体は全て銀鏡と言葉を足して二で割ったようなものであった。
「認識転化ーー纏縛残響」
ボロボロだった肉体は完全に治っており、両手には2丁の拳銃が握られる。
「"俺"は、歴木言葉でもなく、銀鏡鈴鹿でもない」
すぐさま銃を構えて、二人に弾を撃つ。
二人は避けるが、銃弾は蛇のように軌道を変えて、執拗に追いかけまわす。
二人は弾を弾き、その場から距離を取る。
「だったら、君は何者なんだい?」
「俺の名前は『残響』。どうしても呼びたければそう呼びやがれ」
残響は銀鏡とは似ても似付かぬ言葉遣いをしながら、銃を構えた。




