4話 前章1
思い出せ、在り方を。
確立しろ、信念を。
英雄は愚者の代名詞である。
これは、変えようのない事実であり、覆すことのできない真実だ。
これは、それを証明する物語であり、あらかじめハッピーエンドなんてものが待っているわけではないと、明言しておく。
では、何を証明するのか。
それもあらかじめ提示しておく。
それは、英雄などいないということだ。
英雄なんてものは所詮は大衆が生み出した虚像でしかなく、この世に実存するものではない。
もし、それが存在すると主張するものがいれば、それは対象をフィルター越しにしか見えてないだけだろう。
アニメや小説の中のキャラクターがいづこから現れると言っているようなものである。
言うなれば、次元が違う。というわけだ。
しかし、大衆は自ら進んで虚像を生み出す。
それはなぜか?
それは、自分が傷つかなくて済むからだ。
「強烈な導入だな」
修多羅が今まで142周もしたという『英雄の証明』。賛否激論を巻き起こした本屋大賞の中でも問題作というのを聞いてはいたが、これでは激論を巻き起こしたとしてもおかしくはない。
リアリストはそれを真実だと思うが、ロマンチストは事実だと認めないからだ。
英雄というのは、フィクションにおいてどこまでも正義の象徴であるし、少年少女が夢想するような存在だ。それを、そんなものは存在しないと真っ向から言われて仕舞えば、本能的には拒絶をするものだ。
「まぁ、俺はそうでもないが」
こうなってくると俺はリアリストなのだろうか。論じているものは真実であるし、英雄という物語上の都合のいい存在など現実にはいない。
「こんな本を読む以外…、やることないとはなぁ……」
日本の最北端の地。宗谷岬。
真夏であるため、北海道という避暑地に旅行をしに来た…わけではなく、異能者の目撃情報が殲滅会にリークがあったため、俺はここに来ている。
「いい景色だ」
突き抜ける青空。広がる芝生。
人工物が最小限にしかなく、吸う空気もとても美味しい。余生はこういう場所で過ごすのも悪くはないと思う。
「まぁ余生を過ごせる余地はねぇと思うが」
今の生活を続ければ、20を待たずに死ぬことになるだろう。年齢を考えればあと三年だが、まぁそれでも甘く見積もっている方だ。
「あー、眠たい」
芝生の上で寝転がり、読書をし始めてもう2時間経過している。11時という朝と昼とも判断しかねる半端な時間。
あと2時間ほど睡眠をとって、近くの飯屋で食事でも取ろうと思い、本を頭に被せてゆっくりと夢の旅へと誘われようとする。
「…………!」
ザクザクと、何者かの足音が聞こえる。
情報があった異能者だろうか。
北海道であるなら、敵対組織とは無縁の異能者だと思う。だから、面は割れてないはずだ。
まぁどんな異能者だとしても、今起き上がるのはすごくめんどくさい。
故に、近づいた瞬間に不意打ちを狙うか、寝たふりして攻撃喰らってから反撃するか。
まぁ、なんでもいいや。
「お兄ちゃん、こんなことで何やってんだ?」
本を頭から外すと、そこには顔を覗き込む生意気そうな子供がいた。
「お兄ちゃん、今から寝ないといけないから、寝かしてくれ」
にべもなく、言葉は寝ようと再び本を頭にかぶせる。すると、少年は本を取り上げて、言葉の頬を両手で掴む。
「なにふんはよ」
「遊ぼうよッ!」
「あそふぁない。ふぁふぁとかふぇれ」
「ちぇ、つまんないの」
少年は口を尖らせながら、タッタッと走ってその場を後にしていった。
「はぁ、変な餓鬼だな」
プルルッ。プルルッ。
ポケットの携帯が振動し、着信が来たことを知らせる。携帯に表示された番号を見ると、そこには『非通知』と書いてあった。
「はい、どちら様でしょーか」
「先輩ッ!」
キーン。銀鏡の大声は携帯のスピーカーでは耐えられず、音割れを引き起こす。
「るっさいな、何やってんだよ」
「先輩先輩!私を覚えてますか?」
こいつ、まさか。
「お前なぁ、また酒飲んでるんだろ。酒癖悪いんだから、あんま飲むなって」
「先輩きーー」
ブツン。
あいつ、切りやがった。
まぁ、向こうは異能者のいないんだし、呑気に楽しくやってるんだろう。
こっちは今から命懸けの戦いをしなきゃいけないというのに。
プルルッ。
再び着信。今度は千里さんだ。
「はい、言葉です」
『言葉君。今、北海道に行ってるよね?』
「行ってますけど、どうしてですか?」
『いや、位置情報が東京と北海道を行ったり来たりしていてね』
「発信機がバグったんじゃないんですかね?」
『もとよりそんなものはつけてない。君の位置情報は、君の携帯から取得しているからね』
ならば、携帯がバグり始めているのか?
「宗谷岬にいるんで、自撮りでも送りましょうか?」
『いや、そこまでしなくていいよ。君を信用しているからね』
「………」
ここは素直にありがとうございますでいいのか?
『じゃあ、また何かあれば連絡するよ』
「あ、はい」
今日は何かと連絡が多い。
携帯で連絡することなど一週間の中であるかないかなので、1日に二回もするのはレア中のレアだ。
「お兄ちゃん、終わった?」
「帰ったんじゃねぇのかよ」
「帰らないよ。こんな時期に人なんて来ないからね」
「お前も同じぐらいのやつと遊べよ。いるだろ?」
「みんな、ここから家が遠いんだよ」
「なんでだ?」
「観光地だから?だって」
「あー、なるほどなぁ」
最近観光地の騒音問題とか酷いらしい。
近隣住民がかなり迷惑しており、引っ越す人間も少なくないとか。
ここはそれこそ日本の最北端とわかりやすく目を集めやすいから、引っ越す人間が多いのだろう。
「それはなんというか…すまん」
「いいんだよ!んで、遊んでくれるの?」
「いや、遊ばない。話し相手ぐらいならなってやるよ」
「えー、つまんないの」
「いいじゃねぇか。話すだけでも時間はつぶれるし、お前みたいな小学生ぐらいからしたら、高校生と話す機会なんてそうそうないだろう」
「うーん、まぁそうかなぁ?ていうか、名前なんだっけ?」
「教えてやってもいいが、名乗るなら自分からだと言われなかったか?」
「確かに。俺の名前は寒水だよ」
「そうか、俺の名前は歴木言葉だ」
「こ….こと…、歴木ね!」
珍しい。言葉と呼ばれることが多いのに。
「く…、くぬ…、歴木ってすごい言いづらいね」
「無理すんな。別に言葉でもいい」
寒水は言葉の苗字を何度も呟きながら、舌を何度も噛む。
「言葉って、女っぽくない?」
「女っぽい?」
中学以来に久々に言われた。
そう言われたことはあっても、俺は自分や他の人間の名前にその概念を持ち出したことはない。自分では気に入っているし、母からもらった名前ということもある。
「だから、歴木って呼ぶ!」
「どうでもいいことにこだわるな」
この年齢の子にはあるあるだと思う。
いや、俺に小学生の事を語ることはできないだろう。
記憶がないのだから。
「歴木、なんでこんなところにいるんだ?」
「あー、観光だよ観光。日本最北端だぜ?」
「真冬でもないのに?」
「雪降りまくって嫌だろうが」
「意外だね。観光の人はそういうのを見に来るんじゃないの?」
確かに、北海道といえば雪とみたいなイメージはある。いや、札幌雪まつりがあるからだが、それ以外には寒いからという理由でしかない。
「俺は寒いの嫌いなんだよ」
「寒いの嫌いなのに北海道来たの?」
「今の季節は適温だから来たんだよ」
「それでもーー」
「あーもううるさいな」
子供特有のなぜなぜ攻撃に、俺は早くも両手を上げた。
「もうどっか行ってくれ、俺はここにいなきゃいけないんだ」
「いなきゃいけない?なんで?誰かと待ち合わせしてるの?」
「そうだよ、待ち合わせしてるんだよ」
間違ってはいない。
厳密にいうと、待ち伏せだが。
いや、伏せてはないからやっぱり待ち合わせだな。
「そうか、"待ち合わせ"なんだね」
なんだこいつ。
急に、雰囲気が。
プルルルル。プルルルルルル。
「電話だね、出たほうがいいんじゃないの?」
「……あぁ」
スマホの画面を操作して、ボタンをタップする。
『言葉君。まだ異能者とは戦ってないかな?』
「ええ、"まだ"ではありますが」
『そうかい。実は、こっちに異能者が2人出現した』
「2人!?」
異能者が2人現れるだと!?
まさか、この前言ってた敵対組織ってやつか。
『どうやら、相当な手練れのようだ。君には早急に戻ってもらいたいのだが……』
「……なるほど」
色々聞きたいことはあるが、とりあえずは早急に戻らないとダメそうだ。
「目の前のやつ倒してから、すぐにそっちに向かいますよ。何、2時間ぐらいで行きますから」
「……そうか、ならば私たちは二時間持たせるとしよう」
ブツン。
電話が切られ、再び寒水の方を向くと、まるで悪戯が成功した子供のように、ニヤリと満面の笑みを浮かべていた。
「聞くまでもないように、お前は関係者というか、お前が目撃のあった異能者か」
「あはは、はははははッ!異能殺しも案外鈍いね」
寒水はゴロンと芝生の上へと寝転がりながら、言葉と少し距離を空ける。
「悠長にしている時間はなくてな、早急に死んでもらうぜ」
胸ポケットからずるりと銃を取り出して、寒水に銃口を向ける。
「『死ね』」
放たれた銃弾は、寝そべる寒水の頬へと向かい、死を確定させようとする。だが、銃弾は寒水の前で止まり、ポトリと芝生の上に落ちる。
「おいおい、遊技場ではあらゆる暴力行為が禁止だってことは知らないのかよ?」
周囲を見渡すと、まるでカジノのような風景が広がっていた。地面はカーペットで敷き詰められ、そこら中にはスロット台が乱立し、ビリヤード台なども置かれている。
「おいおい、マジか」
オーバーフロー、完全異形化。
それに連なる異質系の奥義。
「世界侵奪 死亡遊戯」
異能とは自分の精神と直結している。つまり、異質系の奥義は自分の精神世界で、現実の世界を一時的に上書きをする。
「さぁ、始めようぜ?死亡遊戯を」




