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幕間 2

「らっしゃっせー、お好きな席どうぞ!」

ラーメン屋に入ると、らしい店員さんの大声と共に出迎えられた。

「よし、あそこの席に座るぞ」

指差した場所は隅のテーブル席であり、そこにはすでに眼鏡をかけた女性が座っていた。眼鏡を曇らせながら必死にラーメンを啜っているため、顔が上手く見えない。

「え?知り合いですか」

「多分」

「多分!?」

「いいから、ほれいったいった」

闘華さんに背中を押されながらその場所へと行き、隣は気まずいので斜めの向かい席へと座る。

「成程。じゃあ、私は隣だな。よう、愛美!」

闘華さんは麺を啜っている女性の肩をポンと叩きながら、横の席へと座る。

声をかけられたことに気づいた女性は目を途中に噛み切り、残りを啜り上げて飲み込む。

「人が食べているんだ。少しは声をかけるのを躊躇いたまえよ」

「知り合いなんだ、硬いこと言うなよ」

「常識だよ、常識」

曇った眼鏡を外し、丁寧に眼鏡ケースから布巾を取り出して、レンズを拭く。

「君か、紅の息子というのは」

目があった瞬間、息を呑んだ。

美しいという凡庸な言葉ではその外見を体現することはできず、美女という生半可なカテゴリに収まることのない……。

「あー、すまないね」

そう言いながら愛美さんが眼鏡をかけると、先ほどのような喝采を述べたくなるような美しさが姿を隠した。

「ぷはっ。はぁはぁはぁ」

「なんだ?愛美に見惚れていたのか?」

ニヤニヤと闘華さんが笑っているが、どう考えてもさっきのはそんな類のものではない。

感覚的には異能のようなものだが、それとはまた別の何かを感じさせる。

「あ、遅れました。愛美さん、初めまして」

「あぁ、初めまして。愛美という。お前さんは闘華と違って、礼儀正しくて助かるよ」

改めて見るとすごい格好だ。

和装と現代の服が混ざり合ったなんとも不思議な格好だ。それにラーメン屋というシチュエーション。

「不思議な状況だ」

そう口から溢れるのも無理からぬ話だ。

「とりあえず頼もうぜ」

メニュー表を取り出すと、通常メニューと期間限定メニューがあった。

二郎系というのはラーメンジャンルにおいて、麺の上にもやしと油が山のようにトッピングされているという頭の悪い食べ物であることは知っているが、期間限定メニューにはもっと頭が悪いことが書いてあった。

「お、坊。これにしようぜ」

そこには、ギガ盛り唐辛子マウンテンデラックスと書いてあった。メニュー表には写真がデカデカとプリントされており、そこには唐辛子であろう赤い山がもやしの上にズドンと乗っていた。

「言葉。お前さんは闘華のバカに合わせなくていいんだからーー」

「すいませーん!」

愛美さんの言葉を遮るように、闘華さんは店員さんへと注文をする。先ほど期間限定メニューを二つ頼まれていた気がするが、気のせいであると信じたい。

「んで、愛美さんをなんで紹介したんですか?」

単純な疑問を素直に聴くと、闘華さんは目を丸くしていた。

「坊、知ってるか?」

「何をです?」

「世の中全部理由があるんじゃねぇんだぞ」

「つまり?」

「愛美を紹介した理由はない」

「それは私も初耳だね」

「言ってないからな」

「言いましょうよ」「言いなさいな」

愛美さんもどうやら呼び出されたようで、何かしらの理由があると思っていたようだ。

「いいじゃねぇか。私だって、たまには友達を坊に紹介しないと、私がさもぼっちみたいな感じに見られるだろ!?」

「いや、見たことないですよ」

近所の世話焼きお姉さんが近いだろうか。

何それ、何の漫画の設定だよ。

「振り回されてるねぇ」

「どうにかしてくださいよ、愛美さん」

「星華がいてこのざまなんだ。私が言ったところで治りゃしないよ」

愛美はお手上げだと言わんばかりに肩をすくめる。

「愛美さんは普段何してるんですか?」

「江ノ島で眼鏡屋やってんだよな、愛美」

「そうだけど、あんたに言われるのは癪だね」

「その眼鏡はご自分で?」

「そうだよ。まぁ、手先は器用な方だからね」

「モノクルとか置いてあんだぜ?片目だけのメガネなんて、厨二病だったお前にはーー」

「卒業したんでやめてください」

あの忌々しい記憶は早急に消していただきたい。異能というなまじ特別能力を持ったせいで、こじれに拗らせた中学2年生。

まさしく中二病だった。

俺が恥ずか死をしかねない記憶に悶絶していだ時に。

「お待たせしました。ギガ盛り唐辛子マウンテンデラックスです」

店員さんの両手には唐辛子が山盛りになったどんぶりが二杯ある。

見間違いでもなく、他のお客さんのものでもなく。

「さて、食べるぞ」

置かれたどんぶりの量は凄まじく、その名に恥じないまさしくギガ盛りだった。

「あ、残したらお姉にいうから」

お姉→星華さん→ちくられる→雷が落ちる。

あ、これは食うしかない。

「はぁ、諦めて食うか」

「ダメだったら、あたしがこのバカが無理矢理食わせたって言ってやるさ」

「ありがとうございます」

食い始めると感じたことは、癖があるが美味しいということだ。飽きのこない工夫がされており、中盤には中毒のように食っていた。次郎系がラーメンジャンルとして確立されることがなんとなくわかる。わかる…が。

「か、辛い」

唐辛子だけではなく、スープも辛ければ麺も辛い。赤いスープに赤い麺とか一体なんぞや。

「すごい汗だね。大丈夫かい?」

「あ、ありがとうございます」

手渡された手拭いで汗を拭き、水を飲んで喉をなんとか休ませる。

「はっ、汗を拭くなど。逃げたな坊!」

「いや、別に勝負はしてませんよ」

「何!?私と辛さ耐久勝負をすると言ったじゃねぇか」

「一回も言ってませんよ」

俺が6割ほど食べて全身から滝のように汗を滲ませている間に、闘華さんはすでに9割ほど食べ尽くしていた。

「うぷ。だが、これ以上は」

たださえ食事をしておらず胃は縮小していくばかりなのに、こんな暴力的な辛さの前で俺の胃はすでに満腹と辛さで地獄となっていた。

「じゃあ、私が食べようかね」

「お、じゃあ愛美が勝負をするか?」

「いいよ、もう終わったけどね」

「え?」

「え?」

先ほどまで小さく山を作っていたラーメンが、いつの間にかスープごと空になっていた。

というか、来た時に啜っていたラーメンもいつの間にか無くなっている。まだ、半分ほどあったはずなのに。

「私に大食いを挑んだのが間違いだね」

「ぐぬぬ。これで0勝258敗か」

遅れて、闘華さんもどんぶりを空にする。

箸置きの近くにあった爪楊枝へと手を伸ばし、歯の間に挟まったネギを取り出そうと爪楊枝で、口の中を引っ掻き始める。

「あ、忘れてた。愛美、お姉に眼鏡を作ってやってくれよ」

「なんでさ。あの子が目が悪くなることなんてないだろうに」

「いや、なんか本を読む時に毎回眼鏡つけてるから、どうせならおしゃれなやつかけた方がいいじゃん」

「なるほど。相変わらずシスコンね」

「お姉ほどじゃねぇけどな」

「まぁ、あなた達2人ともシスコンでブラコンよね」

2人にしてこっちを見ながら会話をしないでほしい。

「愛してるぜ!弟よ!」

「やめてください」

一息が入れ終わったところで、闘華さんが手早く3人分の会計を済ませて、ラーメン屋から外へと出る。

「さて、そろそろ帰るか」

闘華さんは大きく伸びをしながら、ポキポキと全身の骨を鳴らす。

「そういえば、言葉。お前さんにこれを渡しておくよ」

「はい」

手渡されたのはアンティーク調のメガネケースだった。横には小さなネジがついており、指でそこを回すと、横向きのネジがカタカタと小さな音を立てながら、メガネケースの中身を明かす。

そこには、金色の細長いメガネだった。

メガネフレームには鳥が彫刻されており、触るだけで崩れそうな気がしたが、かなり頑丈な作りをしていた。

「予約注文の品だ。確かに、渡したからね」

「予約注文…て。愛美さんのことを知ったのは今日が初めてなんですが」

「まぁお前さんはね。紅が、お前さんが目が悪くなった時のために、事前に作ってくれって言われたものだよ。全く、どいつもこいつも過保護なんだから」

目は両目2.0であるため、俺は再びネジを回してメガネケースを閉じる。

「じゃ、あたしは帰るよ」

「あぁ、また神奈川寄ったら呼ぶからな」

去っていく愛美さんは闘華さんの言葉に振り返らず手を振って答え、そのまま歩き続ける。

「さて、帰るか」

「あ、はい」

だろうと思ったけれども。

俺はやれやれと首を振りながら、再び後部座席へと移動する。

「うん、大丈夫だ」

「何がですか?」

「気分転換になったようで何よりだ」

「なんのことです?」

「まぁ気にすんな」

ハーレーはそのまま出発する。

夕焼けの日の光を海は反射して、ギラギラとバイクを照らし、前を向く闘華さんの輪郭を曖昧にしていく。

その輪郭から、一筋の涙が伝ったのは

きっと気のせいだろう。

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