幕間 1
私立恵愛病院。
日本三大病院に名を連ねている病院であるため、東京では2番目に大きい規模となる。
言葉は佐夜鹿の死闘から数日後。
その病室の一角へと顔を出していた。
「おはよう、母さん」
ここ最近、頭の整理がつかない。
頭の整理がつかないままに異能者を5人ほど殺してしまい、殺すことがすでに習慣の一つとなっていると自覚してしまった。
「母さん、今日は顔色良さそうだな」
言葉の母親、歴木紅。
元気だった頃はその名前に相応しく、綺麗な紅色で髪が染まっていたが、今となってはそれはくすんでいる。
「昨日さ、闘華さんがさ……」
俺は今日も嘘を交えたようなくだらない会話をする。寝たきりになってしまった、母さんに向かって。
「でさ…………」
毎度こんなことをやっていれば虚しさがよぎるため、何度も何度も途中でやめてしまいそうになる。
「そしてさ…………」
母さんは医者に謎の病だと言われた。
あらゆる薬が効かないため、何が有効打になるか皆目見当もつかないらしい。
それ故に、医者はすでに匙を投げており、こうやって病室でただ寝転がされている状態だ。
でも、それだけが問題ではない。
問題なのは。
俺の言霊でも起こせなかった事だ。
「……まぁ色々あるけど、まだ元気だよ」
ピッ。話した内容を母さんの近くに置いてあったボイスレコーダーに記録して、ベッド横のテーブルへと置く。
「もうそろそろメモリが無くなるか?」
記録したボイスレコーダーは10台目であり、そのメモリはすでに限界を迎えようとしていた。
「まぁ、3年も話してりゃ増えるわな」
枕の裏に手を突っ込み、1台目のボイスレコーダーがあることを確認して、持ってきた荷物をまとめる。
「じゃ、俺帰るよ」
そうやって、俺は今日も母さんの寝顔に言葉をかけて、病室を後にする。
病室から出ると、看護師の方が複雑な表情でお辞儀をする。
ここに通って三年。
未だ目覚めぬ母親を甲斐甲斐しく尋ねるのは、他人から見れば愚かに見えるのだろう。
「まぁ、今目覚めてもお前にとっては困ることばかりじゃねぇのか?」
「延永さんや、知り合いとバレるのは嫌だから話しかけんなって言ったのは一体どこのどいつですかね」
「俺の善意でお前の母親ここに置いてるんだ。ありがたく思うんだな」
「へいへい、ありがとうございます」
延永は恵愛病院で母親の担当医も兼任しており、なんやかんや親子揃って診てもらっている。まともな職場で働いているのにも関わらず、なぜ殲滅会にいるのかはまだ聞けてはいない。
「言葉」
「なんだよ」
気づけば目の前には延永から投げられた物体が姿を表していた。咄嗟に手に取ると、それはエネルギーチャージという文言で売られているゼリーだった。
「辛気臭い顔して、病院に来るんじゃねぇよ。こっちはそんな顔は見飽きてんだ。患者ならまだしも、お前がやるのはただの目障りだ」
「へいへい、さっさと帰りますよ」
延永に背を向けて、そのまま病院の受付を済ませる。入院費もまとめて払い、そのまま病院を後にすると、そこにはハーレーダビットソンに乗ったバイクスーツの美女が、俺に向かって手を振っていた。
「おーい」
俺はその光景に青ざめながら急いで美女の元へと走る。
「闘華さん!毎度その格好でくるのは勘弁してくださいよ」
「いいだろ?坊ぐらいの歳の男はこういう体のラインが出る服がいいんじゃねぇのか?」
「下世話な話はやめてください!関係者と思われるじゃないですか」
「関係者じゃねぇか。ほら、バカ言ってねぇで黙って後ろに乗れ」
俺が闘華さんに逆らえるはずもなく、大人しく後部座席に腰を落とし、腰に腕を回す。
「さてと、じゃあ出発だ」
「安全運転でお願いしますよ」
「まかせろ、こう見えてもゴールドだからな」
ブルンブルンとエンジン音を出しながら、ハーレーは出発する。音とは裏腹にスピードは遅く、ゆっくりと道路に出る。
「どうだった、紅さんは」
「相変わらず寝てますよ」
「そうか、"寝てる"か。まぁそれだけならよかった」
「よかないですよ。こっちの気も知らないで」
「あはは、まぁ息子としちゃそうか」
闘華はハーレーを操作して、南下する道へと進む。
「そいで、どうしたんだよ」
「どうしたとは?」
「坊は気づかないかもしれないがな、たださえ暗いくせに、さらにドス黒いオーラが滲み出てるからな」
ドス黒いオーラか。
そんなものを出しているつもりはないんだが。
「いやその、どう説明したらいいか」
「比喩とか暗喩とか直喩とか色々表現方法あるだろうが」
それ結局全部仕事に関して白状することになるんじゃないのか。どこかで伝えるつもりだが、今はそのタイミングじゃない。
「えーっとその」
「…………」
闘華は言葉を待ち続ける。
だが、それは数分と続く。
「あー、えー、うー」
「…………」
やがて、それは10分ほど続くと。
「あー、もーわかった。無理に聞かないから、それやめろ」
「あ、はい」
「はぁ、ったくよ」
闘華はため息混じりに呟き、ハンドルを強く握りしめる。
「まぁ、なんだ。お姉も含めて私もだし、後は葬も寧々もだと思うけど、何があってもお前の味方だからな」
「……………」
「別にお前の事を全部知りたいだとか言わんけどな、ちょくちょく嘘をつかれたり、"見えない傷"を作ってくるのは見てらんないんだわ」
見てらんない………か。
だとしても、こんな仕事をしているなんてとてもじゃないが、言うことなんてできない。
「まぁこの話は終わりだ。あと、もう一個聞きたいことがあるんだが」
「聞きたいこと?」
「この前来た後輩?ちゃんは、お前の恋人なのか?」
「ブボっ!」
闘華さん。
俺は真夏なのに会話の温度差で風邪ひきそうだよ。
「なわけないじゃないですか。ただの後輩ですよ」
「うーん、後輩の割になんかお前より年食ってる気が済んだよな」
「まぁ仕事の後輩ですからね」
「あー道理で」
銀鏡は割と童顔で俺より年下だと言われることも少なくないのだが、相変わらず観察眼がイカれてらっしゃる。
「〜〜〜♩」
気づけば、闘華さんが歌を歌っていた。
天は二物を与えずというが、外見と世界レベルのコーヒー技術と、歌声という三物も与えてしまっている。
「それ、なんか聞いたことありますね」
「神代歌っていうアーティストでな、ディーバって言われてるんだぜ?」
「歌姫……ですか。俺でも聞いたことあるってことは、相当有名ってことですね」
「あはは、その判断基準なんだよ」
自慢ではないが、音楽を嗜む時間など今の俺には全くないため、聞いたことがある時点で、それだけ街で頻繁に流れている証拠だ。
「お、噂をすればディーバだぜ」
街中にはディーバの顔写真が大きくプリントされた看板が乱立されており、いろんなスピーカーからざまざまなディーバの曲が流れている。
「サブリミナルにもならないほど押されてますね」
「まぁオリコンランキング?で色んなやつ押し除けて一位になり続けるほどだからな」
「それは相当ですねぇ」
目の前の情報に辟易していると、バイクはそのまま街を抜けて、その向こうには海が広がっていた。
「ちなみに、どこ向かってるんすか」
「え?そんなのないに決まってんじゃん。強いていうなら海目指していた」
「いや、決まってはないでしょ」
「決まってるだろ。落ち込んでいる時は、街から離れて海を横切りながらバイク飛ばすに限るだろ」
「それ、何年代のヤンキーですか」
「今も昔も変わんねぇってことさ」
バイクはそのまま進み、近くのラーメン屋へと止まる。
「さて、ここだここだ」
そのラーメン屋にはこう書いてあった。
二郎系と。
「目的地、あったんですね」
「まぁな」
「まさか、ついでとかじゃないですよね?」
俺がここまで疑うのは、闘華さんが色んなご飯屋さんを渡り歩いて口コミを書いているからだ。その口コミは割と的を射ていて、界隈では参考にしている方が多いらしい。
つまり、端的に言えば美食屋みたいなものだ。
「もちろん、私の奢りだからな。細いこと気にしなくていいぞ」
元気付けたかったというのは事実だろう。
だから、俺も付き合うのが筋か。
「はいはい、待ってくださいよ」




