3章 後章2
互いに一歩、大きく踏み込む。
世界の時間はどんどんと鈍くなっていき、降り頻る雨がやがて水玉だけとなり、周囲を埋め尽くす,
「オオッ!」
「デリャアッ!」
音速も超える速度で、2人の足は勢いよく激突する。激突した衝撃で、周囲の木々を巻き上げる。
打ち上げられた木々を足場に、2人は互いを睨み合う。
「あんた、相当なズルしてるやろ。この速度についてこられるなんてありえへんからな」
「まぁな!」
言葉は言霊の『身体強化』を100回ほど重ねることによって、常時の数百倍もの倍率をその身にかけている。
「『身体極化』ってな、お前と同じオーバーフローみたいなもんだよ」
「完全異形化にオーバーフローか。はっバケモンじゃなくて、ただのチート野郎やな。それほどとなると、反動が怖そうやな」
「何、お前が気にすることじゃねぇさ!」
巻き上げられた木々を飛び移りながら、何度も何度もぶつかり合う。加速度的にその速度は増していき、やがて二つの光線となる。
二つの光線は木々の間を埋め尽くすように、螺旋を描く。
「強いなぁ。だが、この速さに慣れてないようやねッ!」
「……ッ!?」
防御への反応が遅れ、その隙に鳩尾に蹴りを入れられる。
「ガハッ」
「堕ちろ、異能殺し」
慣性の法則で自分の速度そのまま地面へと向かい、森を抉りながら地面を滑る。
「く、くっそ」
痛みに悶えながら上を見上げると、まるで弓の弦を張っていくように、右足に力を込めながら足を引く。
「喰らえ」
佐夜鹿が弾けるように加速する。過剰な倍率で加速した足は熱を生み、佐夜鹿は一条の矢となる。
「『止まれ』」
言霊によって足の座標を固定化し、矢となった佐夜鹿の足を修羅の肉体で無理矢理止める。
「ぐううっ」
「そんなちゃちな言葉で止まるような速度じゃないッ!」
あまりの蹴りの威力に完全異形化は無理矢理剥がされ、人間となった言葉の肉体は腹部を欠損させながら吹き飛んでいく。
「ぐっ」
ビキビキィ。
佐夜鹿の体にはオーバーフローの反動が早速現れていた。頬にはヒビが入り、激痛が踏み出した足から全身を蹂躙していく。
「こんなもん!妹の苦しみに比べたら屁でもないッ!」
落ちていく言葉に狙いを定めて、再び突進をする。
「『異能・透過』」
「なっ!?」
迫り来る攻撃を透過ですり抜けさせ、瞬時に解除して逆手で佐夜鹿の服を掴み、力の限りに放りなげる。
「『吹っ飛べ』」
言葉は下半身を生やしながら、言霊によって急接近をする。
「オラァ!」
言葉は気合いと共に力任せに大ぶりに拳を振りかぶる。佐夜鹿は瞬時に腕を交差させて防御をするが、『身体極化』は伊達ではなく、佐夜鹿の片腕を壊しながら地面に叩きつける。
「ハァハァ…、『治れ』」
言葉にも反動が襲い始めていた。
オーバーフローによる全身の激痛と感覚麻痺。
そして、完全異形化の後払いとして、身体変形が起きていた。腕は雑巾絞りのように捻れていたが、治癒の言霊によってそれを無理矢理直す。
「ハァハァ、互いに満身創痍やな」
「ハァハァ、覚悟の上だ」
言葉は現在極限まで追い込まれていた。
異能の奥義を二つ同時に発動した反動と、速度に適用するために使っていた『思考加速』。先ほどまで異能の三つ同時運用という離れ技をしていたせいで、言葉は指先一つすら動かせない状態になっている。
「これは、ちとヤベェな」
「はっ、どうやらへばってるようやね。まだ私は動ける……がっ」
かたや、佐夜鹿も反動によって、感覚麻痺を起こした足が激痛ともに腐り始める。
「意地でも、あんたを、私は、道連れに」
血をこぼし、全身は崩れ始める。
それでも、無様に、不格好に、佐夜鹿は立ち上がる。
「解除しろ、そのままじゃ死ぬぞ」
「安心しいや。これで最後や」
ニヤリと佐夜鹿は笑い、全身の力を込める。
「はぁぁぁぁぁッ!」
崩れかけた足にオーラが収束していく。
「解除しろよ!不死身じゃないお前がこのまま反動を食い続けたら……」
「受け止めていけ。これが私とあの子の自由や」
そう言い終わった瞬間、佐夜鹿は光となって消えた。
「くっ、死ぬつもりかよ」
最大限加速してから、ここに激突してくる気だろう。あいつは受け止めていけと言っていた。ならば、俺がやることは一つしかない。
「受け止めるさ」
完全異形化で再び身を包み、再度『身体極化」をかけて最大倍率を維持して、言霊で足の座標を固定化して、『思考加速』でタイミングを見極める。
「いくでぇ!異能殺しぃ!」
その声と共に前方の木が薙ぎ倒す音が聞こえる。瞬間、全身をボロボロにしながら突っ込んでくる光が向かってくる。
「来いッ!」
両手を前へと突き出し、迫り来る蹴りを迎え撃つ。衝撃で言葉の背後の森は更地になるが、未だ勢いは衰えることはなく、強烈な破壊力は修羅となった言葉の全身に容赦なくヒビを入れる。
「破ァァァァア!」
「ぐおおおお!」
これじゃあ足りねぇ。
受け止めろと言われたんだ。
だったら、たとえそれが敵であったとしてもしなきゃいけないッ!
その時、言葉の口から無意識に言葉が溢れる。
「『金剛』」
口からついた言霊は異能であり、黒い修羅の体をダイヤモンドのような硬度へと変貌させる。
「お、おおおおッ!」
これなら受け止められーーー。
言葉が安堵した瞬間、佐夜鹿は前のめりに倒れようとしていた。
「お、おい」
咄嗟に受け止めて、顔を覗き込むと、すでに目の光は消えていた。
「受け止めてくれたんか…」
「な、なお……、ぐっ」
もう手遅れだった。
そう感じるほどの崩壊具合だった。
魂も崩壊し始めている。
もう何もかも手遅れだ。
「お姉ちゃん、あんたの分まで走れたかいな。いっぱい道外れてしもうたけど、走ることはやめんかったで」
「………」
限界を迎えた佐夜鹿は、もはや死を待つばかりだ。
「おぉ…、そこにいたか。待たせてすまんな…、お姉ちゃんも今…、そっち…、に」
佐夜鹿は今まで見せなかったような安堵の表情で、静かに息を引き取った。
「…………」
ザー、ザー。
先ほどまで聞こえなかった雨音が、やけに大きく聞こえる。
「死んだんだ」
「走か」
「うん」
「無事…、だったんだな」
「うん」
言葉は走との再会を喜ぶことはできず、ただ目の前の死体を眺めることしかできなかった。
「どうすりゃ、良かったんだよ」
怒る意味も、異能を使う理由も。
背景は知らなくとも、なんとなく理解はできる。
だが、根本が違った。
そのせいで、殺さなきゃいけなかった。
そして、奴は信念に殉死した。
「…………」
雨は流していく。
崩れた佐夜鹿の死体を。
その存在を分解するように。
もう十分だと言わんばかりに。
「俺は……、俺はこんなことのために………」
人を殺すために、異能者を殺しているわけじゃない。俺だって、全部救えると豪語できるほど、傲慢ではない。
ただーーー。
「せめて、目の前の人間ぐらいは救えると思っていたのに」
これだから、こうなっているから。
俺は決して、ヒーローであると名乗れない。
「帰ろう」




