3話 後章1
修多羅を見送った直後、後ろから凄まじい音がする。だが、ここで振り返ってしまっては修多羅の覚悟を無碍にすることになる。
「くっ」
いつも通り戦っている日々を暮らしているはずなのに、最近は無力を呪う日々だ。
自分だけで全てを背負うことは不可能だと、実施で一つずつ証明されている気がする。
「そんなことはわかっている」
できないことはわかっている。
無理なことも承知だ。
だから、俺は次に繋ぐために今を消費するんだ。じゃないと、俺が生きている意味はない。
そう、思ってしまう。
「急いで、終わらせねぇと」
ドゴンッ!
一際大きい音に背を押されて駆け抜けると、廃工場がある広場へと出た。
「よう、異能殺し」
「出迎えてくれるとはな。決して嬉しくはないが」
「そんな殺気立つなや、嬢ちゃんは無事やで」
「そうか、その言葉を信じると思うか」
「まぁ、信じないわな」
一分一秒でも早く排除して、走の安否を確かめにいきたい。だが、そんな焦った状態で勝てる相手でもない。
「フゥー」
集中だ。目の前の敵だけに。
「一つ。一つだけ、聞きたいことがある」
「なんや?今更話すことあるんかいな」
「お前が世界を壊すのが、復讐と言っていたな。だから、その復讐する理由を聞きたい」
「なんや、異能殺し。あんたは人に興味がないんだと思ってたわ」
手で顔を覆い、頭を抱えながら言葉を紡ぐ。
「この世界は病弱な妹を殺した。妹を弱者だと切り捨て、その切り捨てることをしょうがないと割り切る。そして、そんな妹を助けることを私以外の誰もしなかった。友達、親族、誰もが哀れな目で見るだけで、誰もその状況を改善しようと動かなかった。私はそれが罷り通る世界を、妹を殺してその死すらも汚したこの世界を決して許しはしない。だから、私が妹に代わってこの世界を壊す。たとえ、妹が望んでなくとも」
宣誓共に、佐夜鹿から途方もないプレッシャーが解き放たれる。世界は轟音を立てながら震えるように振動し、空気は逃げるように払われる。
「………そうか」
「私も聞きたい。異能殺し。いや、歴木言葉。お前はなんでそんな畜生どもの味方をするんや」
佐夜鹿の問いと共に、雨がポツポツと降り始める。その雨は瞬時に大雨となり、二人をあっという間に濡らす。
「託されたんだ、いろんな人間に。そして、俺もそうしたい。だから、救う。それだけだ」
「そうか…そうか」
だらりと一気に体の力を抜き、佐夜鹿は再びクラウチングスタートの構えを取る。それは前回と違い、全身の力が込められて歪な形だった。
「なら、戦争や。勝ったやつが、正しいっちゅうわけや」
言葉は目を閉じて、肩の力を抜き、雨雲を見上げる。
「なら、言葉は不要だな。ここからは、言霊使いとしてではなく、異能殺しとして戦わせてもらう。何、手抜きをしたわけじゃなく、スタンスを崩したと捉えてくれ」
そして、言葉はため息混じりに言霊を吐く。
「『異能・修羅』」
《言霊》とは、口にした事象を現実に反映する異能。言葉はそのルールの隙をつき、異能による異能の発動という裏技を編み出していた。
「それが、あんたの本気か」
言葉の額から角が生え、体がわずかに黒色に変色する。
「それがどれほどか、私が確かめてやろうやないか!三速!」
瞬間的に速度を上げた佐夜鹿の世界は、急速に遅延していく。大雨はどんどんと遅くなり、やがて空気中には雨粒が浮かんでるだけとなる。音速に等しい速さの佐夜鹿は、その雨粒をかき分けながら棒立ちしている言葉へと襲いかかる。
「死ねぇ!」
繰り出される蹴りは見事言葉に命中し、周囲の空気を薙ぎ払う。
「痛く…ないな。こんなもんか?佐夜鹿」
蹴りを喰らったはずの言葉にはかすり傷すらついていなかった。
「チッ、けったいな異能やな」
「何、これだけじゃねぇさ」
佐夜鹿が驚いてる間に、懐へと体を滑らせるように移動する。
「『非天無獄流・破岩一掌ッ!』」
佐夜鹿の腹部を言葉の掌底が襲い、勢いよく吹き飛ばす。
「ガハッ」
血を吐きながらも空中で体勢を整えて、すぐさま言葉へと突進する。
迫り来る佐夜鹿の蹴りに対して、言葉は咄嗟に腕を交差させて防御を試みるが、佐夜鹿はそれを見て瞬間的に蹴り上げ防御を崩す。
「ぐっ」
「四速ッ!」
加速する回し蹴りで言葉の腹部を蹴り飛ばし、近くの木へと叩きつける。
「だいぶ足があったまってきたで。四速ならあんたの異能も突破できそうやな」
「チッ、強いな」
頭から血をだらりと流しながら、悠然と歩いてくる佐夜鹿を睨め付ける。
「出し惜しみをしているわけにはいかねぇな」
「なんや、負け惜しみかいな」
「はっ、一回負けてるからな。それぐらい言わせてくれよ。『吹っ飛べッ!』」
「なっ!」
油断していた佐夜鹿は思わぬ言霊が飛んできて、遠くの森へと勢いよく吹き飛ばされる。
「時間は稼げたな。なら、今やるしかない」
息を勢いよく吐き切り、小さく息を吸ってから目を開ける。
「俺は、歴木言葉は、『修羅』だ」
言葉がつぶやいた瞬間、言葉の体は瞬間的に膨張して、一つの質量へと変換される。
数秒後。その質量が一気に収束していき、中から一匹の黒い鬼が姿を現す。
「やけに吹っ飛ばすなと思ったら、あんた完全異形化もできるんかいな」
完全異形化。
それは、異形系においての奥義に位置する。
異形系は人間から化け物に変換するというものだったが、完全異形化の場合はその前提を崩す。つまり、人間である事実を崩し、自身を一匹の化物として再構築する。
「初めてだが、まぁ出来は上々ってところだな」
「ほんまもんの化け物っちゅーわけかいな」
言葉が一歩踏み出す。
降っていた雨は避けるように弾け、生えている雑草は瞬時に枯れ始める。
「お前も出せよ。その程度の異能者じゃないだろ?」
「バレてたんかいな。まぁいいか、これ出さんとあんたもそれを出した甲斐ないやろし」
佐夜鹿は上着を脱ぎ、全身に力を込める。
プレッシャーがやがてオーラとなって増大していき、周囲をどんどん覆い尽くしていく。
あまりのプレッシャーに世界は悲鳴をあげて唸り、地面は地割れを引き起こしていく。
「これを見せるんは、あんたが初めてや」
膨れ上がったオーラはやがて佐夜鹿へと収束していく。
「オーバーフロー、五速」
オーラは佐夜鹿の体に沿うように纏われる。
「さて、続けよか」
「あぁ、やるか」
黒い鬼と人間は、光線を描きながら再び衝突を始めた。




