3話 中章4
「あぁ、わかっているよ。嬢ちゃん?嬢ちゃんは私の隣で苦しんでるで。何や、異能殺しか殲滅会かわからんけど、けったいなことをやってるみたいや」
佐夜鹿が電話する横で、縛られながらも悶え続ける走の姿がそこにあった。
「…あ…うぅ」
頭が割れるような頭痛。
開いちゃいけないような扉が開く感覚。
「…あぁ」
脳の奥でノイズが入りながらも、映像として記憶が蘇り始める。
それは、言葉と修多羅が笑い合いながら血みどろに殺し合う記憶。
「なんで…、こんな…」
否定をしたい。あんな仲のいい二人が。
「ッ!」
頭痛はさらにひどくなり、記憶はより鮮明になる。
「……ッ!?」
それは、修多羅が言葉を九分割した時の記憶だった。血肉は飛び散り、内臓は垂れ流され、無慈悲に修多羅の腕が言葉の心臓を貫く光景。
「おえええええ」
なんで、こんな。
「はいはい、大丈夫やから。しっかりせんとな」
佐夜鹿は走の背中を摩り、錠剤と水を手渡す。
「何で…、あなたにとって私は敵じゃないの?」
「だからと言って、目の前で苦しんでんのほっとけるかいな。ほれ、水飲めるか?」
「あ、ありがとう」
錠剤を水で押し流すと、吐き気はすっかりおさまってしまった。どうやら、吐き気止めだったみたい。
「懐かしな。妹にこうやって飲ませてたわ」
「妹さんいたんですか」
「あぁ、3年前に死んだけどな」
「それは…、すみません」
「ええんや、妹を救ってあげられんかった私が悪いんや」
「…………」
事情も知らない私が何かを言う資格はないとは思う。だが、そんなことはないとは思う。
異変に対しての適切な薬の選択に、薬を飲ませるのが異常に上手かった。それだけ、献身的に妹さんを支えていたってことだ。
「よければ、聞かせてもらえませんか。妹さんのこと」
「ええで、もうあんたは敵でも何でもないからな」
「え?」
「異能殺しを釣るための餌でしかないし。というか、それ以外の使い道がないみたいやね。どうやら、あの後輩ちゃんじゃないと誘拐する意味なかったみたいなんよ」
「後輩ちゃん?」
「まぁ、暇つぶしに妹のこと話してあげようやないか」
私には5歳年下の妹がおった。
虚弱体質拗らせとってな、病気にかかることもしばしばあった。
「おねーたん、待って」
5歳も下となると、後ろをポテポテと付いてくる姿はとても愛おしかった。
「待っとるよ。ほら、ここやで」
「おねーたん!」
こうやって、妹を抱きしめている時が、私にとって幸せな時間やった。
だけど、妹が小学生に上がる頃には、未知の体調不良によって入院をしなきゃあかんかった。
「ねぇね、うちはいつになったら退院できるんやろか」
「近い内にできるに決まってるやんか」
そんな、取り留めのない言葉を吐き続けるしかなかった。私は無力やった。
私が高校生になり、妹が中学生に上がった頃、妹はようやく退院することができた。
「お姉ちゃん、ありがとう」
「何や、どうしたんや」
「いやぁ、病院でいつも勉強教えてくれたおかげで、勉強が楽しくてしゃーないんやもん」
「勉強が楽しいとか、あんたはドMかなんかかいな」
退院したとはいえ、途中で体調崩すことも少なく、その時は決まって私が学校に迎えにいっていた。
「ごめんね、お姉ちゃん」
「謝んなや、姉として当たり前のことをしてるだけや」
両親が妹を金銭的に支えている分、私にできることはこう言うことしかできなかった。
不幸せだけど、幸せな毎日だった。
いや、妹を失った今よりは間違いなく幸せな毎日や。
「お姉ちゃん……」
妹が高校に上がる頃には、病状が悪化して再び入院をせなあかんくなった。
「苦しい、苦しいよ」
「気をしっかり持つんや。私がおるから」
「ゴホッゴホッ。そやね、頑張らんと」
その咳には血が混じっていた。
嫌な予感と共に、医者の診断を聞くと、それは現代の医学では治療法が一切見つかっていない難病の一つだった。
「何でや!何でうちの妹がそんなことばっかり!」
そうやって医者の胸ぐらを掴んだりしたが、そんなことをしたところで意味もなければ虚しいだけやった。
「お姉ちゃん、私死ぬらしいわ」
「……………」
難病発症から2年。
妹には余命がつき、持って後数ヶ月ということだった。
「お姉ちゃん。私実は夢があったんだ」
「夢!?夢か!なんや、何がしたいんや!うちにできることなら何でも」
「……………」
妹は窓を見ながら、ポツリとつぶやいた。
「一度でいいから、思いっきり走ってみたいんや」
「………そうか、そうか」
妹の手を握りながら、私はただ下を見つめるしかなかった。
「ごめん、ごめんなぁ」
「何でお姉ちゃんが謝るんよ」
「だって、だって……」
「ありがとう、お姉ちゃん。でも、泣かないでほしいな。私、なるべくお姉ちゃんの笑顔が見たいな」
吐く言葉一つ一つに死期が混じっている。
だが、それを知ってなお泣く方が可哀想だ。
「あぁ、そやな」
「うん、ありがとう」
そんな会話を繰り広げて数日。
妹は病状の急変によって、深夜にひっそりとこの世を旅立っていった。
3日後には身内だけの葬式が挙げられ、そこには親戚が一堂に介していた。
「いやぁ、頑張りましたな」
そんな会話を父と叔父が交わしていた。
「長かったけど、まぁよう頑張りましたよ」
「そやね、でももういなくなったんやから、色々自由できるやろ」
私はその言葉に思わず耳を疑った。
「そうですね、これから3人で色々頑張っていきますよ」
3人で?家族は4人のはずやろ。
何で勝手に、妹を外してんのや。
「おい!」
気づけば私は父の胸ぐらを掴んでいた。
「ざけんなや!妹は弱く生まれたくて生まれたわけやない!居なくなって清々したやと?テメェは家族を何やと思ってんやッ!」
「で、でも、お前も妹のせいで割を食っていたやろ?これから自由に生きれるやないか」
「妹の"せい"やって?何であいつが悪いことになるんや!」
父はなぜか、私を憐れむような目で見ていた。
周囲を見ると、親戚一同全員同じ目で私を見ていた。
「そうだな。でもーー」
「もういいッ!」
あの子は、妹は、こんなことになっとんのは私のせいやと言うやろう。だが、そんなのは私が許さない。
そんなことだと、姉の私が許さない。
「そうか、それがお前らの答えか。なら、もういい」
そこから私はあまり記憶していない。
だが、はっきりしていることは葬式は親戚の死体と血によって壊れてしまったことだ。
「とまぁ、そんなこんなで大量殺人鬼なったってわけや」
「そう…ですか」
「気にしなさんや。私が選んだ道や」
「ねぇ、佐夜鹿さん」
「何や」
「あなたも、異能者なんですよね」
「異能者やで、何や怖くなったか?
走は少し思案して、再び言葉を吐く。
「異能者ってどうやってなるんですか?」
「…………」
その問いに対して、佐夜鹿は深く考え込む。
しばらくして、頭を掻きながらこう言う。
「嬢ちゃんは異能者やないみたいやしな、この話を知るのはもうちょい後でいいんやないか?」
「いやーー」
何かを言おうとした走の頭を撫で、無理やり黙らせる。
「いいんよ。もうちょい後でええんや」
お姉ちゃんがいればこんな感じなのだろうか。
手つきがとても優しい。
「言葉とも、話せばーー」
「わからんよ。わからん。世界を壊そうとしている私と、どこまでもヒーローなあいつは交わらんよ」
ドゴン!
先ほどの木々が倒れる音が止んだかと思えば、一際大きい音が森から鳴り響いた。
「夜臼がやられた…か。そろそろやな」
「待って、行かないで」
「お姉ちゃん、行ってくるわ」
「待って!待ってよ!」
縛られた体で走はただ、殺されに行く佐夜鹿を見送ることしかできなかった。




