3話 中章2
目を開けると、そこは鉄だけが囲う殺風景な部屋があった。
少しぼやける視界に、壁にはびっしりと数字だけが無数に書き連ねられている。
円周率でもなく、連続性もないそれらの正体は俺にも全くわからない。
唯一わかるのは、これが夢であることだけだ。
「……」
最初は何もかもがぼやけているため、まさしく夢と言わんばかりの乱雑さであると言えた。
だが、時間が経つにつれてしっかり見えるようになったせいで、妙なリアリティを感じる。
「0番、来い」
「あぁ」
白衣の男に対して、俺はそんな疲れ切ったような声で返事をする。もちろん、夢の中の俺だ。
周囲には俺のように鉄格子の中に入れられている子供たちがいた。白い服を着せられているのだが、そのどれもが血のような赤が付いている。
見渡す限りの光景がどれも不快なものばかりだったが、その中でも一際だったのが、ガラス張りの部屋の奥にいる少女だった。
夢の中の俺もそれに立ち止まり、ガラスにぴたりと顔をつける。
「やめろぉ!やめろぉぉぉ!」
先ほどまで無気力を絵に描いたような状態だったのに、急に焦って叫び始めた。
「無駄なことはやめておけ。あれは決定事項だ」
白衣の男が言い終わると、少女の下から大きな火柱が立った。少女の姿はたちまち消え、数秒後には誰かが居たことだけわかる焼きついた影だった。
「おおおおおお」
俺は膝を折り泣き叫ぶ。
だが、瞬時に顔を拭い上を見る。
「人の過去を覗き見るとは悪趣味な」
「はぁ!」
冷や汗と共に俺はベットから飛び起きる。
周囲の明かりは消えており、近くには用意された食事だけだった。
「なんだったんだよ」
額から流れる汗を手で拭い、近くにあったパンを口に運ぶ。
「起きたのね、言葉」
「修多羅か…って、どうしたんだその傷!?」
「あー、これね。色々あったのよ」
修多羅の腕には打撲や内出血が何箇所かある。今まさに激闘を繰り広げたような後だ。
「本当に気にしなくていいわよ。あなたが心配するようなことじゃないか」
「……そうか」
「それよりもうなされてたみたいだけど」
「うなされてた?」
「汗、すごいわよ」
「これか……、いや悪夢見たからだろう」
「あなたでもそんなもの見るのね」
「無神経に見えるって?」
「そうじゃなくて、なにが起きても平気そうだから」
「いや、それは無神経と何が違うんだよ」
思わぬ評価にガッカリしながらも、繋がれた管を引きぬき、パンを食い尽くす。
「行くの?」
「あぁ、のんびりしている時間はねぇからな」
万全とは程遠いが、走が生きている保証もない。
「じゃあ、私もーー」
「ダメだ」
「なんで」
「何でも何も、お前をこんな事に巻き込むわけにはいかない」
ベットから飛び降り、ハンガーにかけてあった上着を羽織る。
「じゃあ、行ってくる」
「待って」
修多羅は咄嗟に言葉の裾を掴み取る。
「私を生かしてくれてるんだってね」
チッ、余計な事を。
千里さんだな。
「だったらなんだよ。友達に死んでほしくなかっただけだ」
「……ッ。なら、私もそう思っちゃダメなの。私が弱いせいであなたを殺して、走が誘拐されたのも私のせいなのに、あなたは私のせいにしてくれない」
「お前のせいじゃない。悪いのは、あそこであいつを殺せなかった俺のせいだ」
「違う!違うよ」
涙を啜りながら、震える声で修多羅は言葉を紡ぐ。
「私を巻き込んでよ。私はあなたが守らなければならないほど弱いわけじゃないッ!」
「………」
じゃあ、行くか。
と言えるほどこの世界は甘くはない。
修多羅が"弱くない"ことはなんとなくわかるが、万全を尽くしても命を落とすのがこの世界だ。
「違うね、君は迷っているんだけだ」
「千里さん」
「君は本当に不得意だね、人を頼るのが」
「死なせたくないだけですよ。最前線で戦う俺でも千回以上は死んでますからね」
「君だっていつ死ぬともわからないじゃないか」
「死にませんよ。もうしばらくはね」
「はぁ、本題から外れたね。後ろの女の子を放置してていいのかい?」
「良くないですけど、俺だってどうしたらいいか」
「ッ!!私を!連れて行けば!解決するでしょ!」
こうなってしまうと、連れて行かなきゃいけないな。まぁ俺が守ればいいか。
「修多羅」
言葉は振り返り、修多羅の手を優しく握る。
「わかった、行こう。ただし、死ぬことは許さない」
「もちろんよ」
二人で頷き合い、千里の方へと向き直る。
「決まったようだね。さて、動くとしようか」
3人で所長室へと向かい、中へ入るとあくびをする銀鏡がいた。
「ふわぁー、あっ先輩。おはようございます」
「呑気だな」
「どうせ先輩は治りますからね。本格的な心配は傷が治らなくなってからですよ」
「いや、それはもう死んでるだろ」
「軽口はそこまでにしたまえ。銀鏡、状況説明」
「あいあい」
どうやら、銀鏡は俺が倒れている間色々調べてくれていたようだ。敵の本拠地を割り出すことはできなかったが、走が囚われた場所は割り出すことはできたようだ。
「ここですね」
表示されるマップにマークされた場所は、町はずれの廃工場だった。
「佐夜鹿がもちろん、もう一人の異能者がいました」
「もう一人の異能者?誰かわかるか?」
「わかりません。なので、完全初見になります」
「チッ、マジか」
異能者は初見殺しが多い。
相性が悪ければ何もできずに死ぬことなんてザラだ。
「それは私がやるわよ」
「なっ、ダメだそれは」
「ダメだもクソも何もないわよ。佐夜鹿に関しては私は絶対勝てないから、言葉に戦ってもらうしかない。消去法でもう一人は私が戦うわよ」
「………ッ」
連れていかないという選択肢が再び過ぎったが、これ以上は平行線だろう。
「わかった、何かあったら俺が助ける」
「頼んだわよ。まぁ、そんな事にならないようにするけどね」
どこからそんな余裕が生まれるか不思議だが、今はそれに頼るしかない。
「走さんの命にいつ指がかかるかわからない以上、早速動いてもらう事になるが、できるかい?言葉君」
「言われずとも。今から行きますよ」
「あ、先輩。一応新しいバイクが駐車場に置いてありますから」
「お、ありがとう。じゃあ、行ってきますわ」
「あ、じゃあ自分は先輩見送ってきます」
「あぁ、気をつけて」
所長室をそのまま3人で出て、駐車場へと向かう。そこには、以前乗っていたバイクと同じデザインのものがあった。
「うん?」
乗ってみると、少し所感が違う。
「殲滅会の技術者が一から組み上げたんですよ。感謝してくださいね」
「無駄技術の結晶だな」
後部座席に修多羅が乗った事を確認し、エンジンをかける。
「修多羅さん」
「何?銀鏡さん」
「銀鏡でいいっすよ」
「じゃあ何よ、銀鏡」
銀鏡は修多羅の手を両手で握る。
「先輩の後ろは任せましたよ」
修多羅もそれに応えるように修多羅の手を強く握る。
「もちろんよ」
「ありがとうございます。じゃあ、行ってください先輩」
「あぁ、すぐ戻ってくる」
エンジンを一気に吹かし、バイクを発進させる。一気に駆け上り、地上へと飛び出る。
「待ってろよ、走!」




