第九話:北の大地の魔法都市完成
空を覆う巨大な透明の蓋が、鈍色の冬空を切り裂いている。
「ついに、完成いたしましたわ」
私は、街の中央広場に立ち、遥か上空を見上げた。
以前、この地を訪れた際に思い描いた、全天候型の魔導ドーム。
それは私の魔力によって性質を組み替えられた特殊石材と、熱を逃がさない魔導硝子の結晶だ。
かつて、百人分の長屋を建てた際は、私自身の魔力のみを直接注ぎ込んだために意識を失うほどの負荷がかかった。
だが今回は、以前掘り当てた温泉から湧き出す高濃度の魔力を、銀色の円盤で変換・増幅し、術式の維持を支える動力源としている。
外部のエネルギーを効率的に組み込む設計により、私は倒れることなく、都市規模の奇跡を成し遂げた。
「……信じられん。ドームの中は、まるで春のようだ」
隣に立つアレクセイ閣下が、感嘆の声を漏らす。
足元の石畳からは、温泉の熱が絶え間なく循環し、心地よい温もりが立ち上っている。
雪はドームの外に弾かれ、内部では緑の草木すら芽吹き始めていた。
「この都市の建築物は領地の資産ですが、ドームを維持する術式の基底となる私の知的成果物の使用権は、依然として私に帰属しますわ。閣下、契約の更新は必要ありませんか?」
「ふん。貴様を生涯独占する契約を結んだばかりだろう。今さら、技術料を出し渋るつもりはない」
アレクセイ閣下は不敵に笑い、私の肩を抱き寄せた。
以前、死の地と恐れられていたこの領地は、今や大陸全土から注目を浴びている。
他国の商人や投資家たちが、この「魔法都市」への居住権を求めて殺到していた。
彼らが持ち込む莫大な投資金は、すべて領地の公的な資産として厳格に管理されている。
私の技術が、一つの国家にも匹敵する経済価値を生み出したのだ。
「成り上がりましたわね、私」
「ああ。貴様の設計図一つで、世界が変わった」
一方、かつて私を「地味で無能」と切り捨てた王都では、絶望的な光景が広がっているという。
以前、権利のない私の図面を改ざんして強行した増築により崩落した離宮。その修繕費は、王太子の私的な財産である内廷費を完全に食いつぶした。
さらに、私に不当な罪を着せようとした一件が諸外国に知れ渡り、王家の信用は地に落ちている。
エドワード様は、借金の弁済を求めて自らの領地を売り払おうとしているらしい。
だが、基礎から腐り始めた土地を買う者など、どこにもいない。
以前、リリア様に贈ったという高価な首飾りも、今や日々の食事代のために質に入れられたと聞く。
「あいにく、不実な心までは設計し直せませんわ」
私は、手元で静かに光る魔導ツールを見つめた。
以前は義務感だけで動かしていたこのデバイスも、今は明確な目的と幸せのために機能している。
「イリス。貴様が設計したこの都市は、俺の誇りだ。そして……」
アレクセイ閣下が、私の耳元で低く囁く。
「この街で一番美しい場所に、俺たちの婚礼の場を設計しておいた。文句はないな?」
「……。構造計算は、私がやらせていただきますわよ?」
私は少し照れながら、彼の胸に顔を埋めた。
かつて奪われた全てのものよりも、ずっと確かな温もりがここにある。
私はもう、砂上の楼閣を見上げる必要はない。
私自身が、この北の大地に、揺るぎない幸福の礎を築いたのだから。




