第八話:法廷と設計者の矜持
城門を叩く激しい音が、北の静寂を切り裂いた。
私はアレクセイ閣下の傍らで、凍てつく風の中に立つ不速の客を見下ろした。
そこにいたのは、豪華な毛皮に身を包みながらも、寒さで無様に顔を青くした男。
かつて私に婚約破棄を突きつけ、地味で無能だと蔑んだエドワード様だった。
「イリス! ようやく見つけたぞ。すぐに王都へ戻るのだ!」
エドワード様の声が、震えながら響く。
彼の隣には、相変わらずリリア様が寄り添っているが、以前のような愛らしい微笑みはない。
湿気で台無しになったドレスの裾を気にし、不機嫌そうに唇を噛んでいた。
「お断りいたします、エドワード様。以前お伝えした通り、私と貴方、そして王家との業務委託契約はすべて終了しております。すでに私は、王宮に対する技術提供の義務を負っておりません」
私は階段の上から、事務的なトーンで言い放った。
エドワード様は、懐から以前届けられたあの勅書と同じ紋章の入った紙を振りかざす。
「これは国王陛下の命令だ! 離宮が崩壊したのは、貴様が意図的に魔法を止めたからだろう? これは国家資産に対する破壊工作だ。罪を免れたければ、すぐに修繕に従事しろ!」
その言葉を聞いた瞬間、私の理性は冷徹な設計図を描き出した。
私はゆっくりと階段を下り、彼の手元にある書類を冷ややかに見つめる。
「論理が破綻していますわ。以前、私が管理権を返上した際、貴方はそれを正式に承認されました。建物の所有権は確かに王家にありますが、それを維持するための技術――私の知的成果物である術式の使用権は、契約解除とともに完全に消失したはずです」
「黙れ! そんな理屈が通用するか!」
「通用します。法的に、管理者が保守を怠り、かつ構造を無視した増築を強行した結果の崩落は、管理責任者の過失です。リリア様のために内廷費を流用し、本来の修繕費を削ったのはどなたでしたかしら?」
エドワード様が言葉に詰まる。
かつて、彼が私の技術を「誰にでも代わりが務まる」と断じたとき、彼は自分にその代わりを用意する能力がないことを失念していた。
「さらに言えば、以前、契約解除の際に図面の全複製を破棄するよう申し伝えたはずです。それを無視して私の設計図を無断で使用されたことは、明らかな権利侵害。不正な使用によって招いた崩落の責任を私に転嫁するなど、あまりに不当ですわ。損害については、こちらからも追って賠償を請求させていただきます」
「貴様……! この僕を訴えるというのか!」
エドワード様が激昂し、私に手を伸ばそうとした。
その時、鋭い金属音が響いた。
アレクセイ閣下が、鞘から剣を抜き放ったのだ。
抜身の刃が、冬の薄い陽光を反射してエドワード様の喉元を指す。
「これ以上、俺の婚約者に無礼な真似をしてみろ。この場を貴様の墓標に設計してやる」
アレクセイ閣下の声は、吹雪よりも冷たく重かった。
以前、彼が私に「人生を共に描きたい」と願ったあの時よりも、さらに苛烈な独占欲がその背中から溢れている。
「こ、婚約者だと!? こんな野蛮な辺境伯などと……!」
「野蛮で結構。俺は、貴様のように宝の価値もわからず、土台から崩すような愚か者ではない。イリスは今、この領地の最重要機密であり、俺の妻となる御方だ」
アレクセイ閣下の一言で、周囲の騎士たちが一斉にエドワード様を取り囲んだ。
以前は誰からも守られることのなかった私が、今は最強の支柱によって保護されている。
「お帰りください。貴方が管理を怠った瓦礫の山は、ご自身の手で片付けることですわね」
私は最後の一瞥をくれ、アレクセイ閣下と共に背を向けた。
城門が閉まる音と共に、エドワード様の情けない叫び声が遠ざかっていく。
もはや、私の心に揺らぎはない。
欠陥だらけの過去は、今、完全に解体されたのだ。




