第四話:領民を救う魔法の長屋
吹雪の音が、遠くの山々から地鳴りのように響いてくる。
「来るわ、観測史上最大の寒波が」
私は建設現場の中央で、銀色の円盤を構えた。
以前、あの夜会で全ての契約を断ち切った際、私個人の財産として持ち出した大切な魔導ツールだ。
目の前には、粗末な石材が積み上げられている。
辺境伯領の予算で購入された、安価な建築資材だ。
「イリス、本当にこの石で、凍死者を出さない家が造れるのか」
アレクセイ閣下が、防寒具を纏いながら傍らに立つ。
彼の瞳には、寒さで命を落としてきた領民たちへの、痛切なまでの責任感が宿っていた。
「資材の質は、設計で補強できます。大切なのは『構造』と『断熱』ですわ」
私は円盤から魔力を放射した。
魔法の行使には、既存の物質が必要だ。
積み上げられた石材に術式を刻み、その性質を「多孔質の断熱材」へと組み替えていく。
無から有は作れないが、安石を宝の石に変えることはできる。
「性質変化、多層構造化。形状固定」
私の魔力に応じ、石材が意志を持つかのように組み上がっていく。
それは中央の貴族たちが好む、彫刻だらけの華美な壁ではない。
熱を逃がさず、風を跳ね返し、百人の命を守り抜くための、質実剛健な「魔法の長屋」だ。
作業が進むにつれ、周囲で見守っていた領民たちから、どよめきが上がった。
「温かい……家の中から熱気が漏れてこないぞ」
「魔法ってのは、もっとこう、キラキラしたものだと思ってたが……」
彼らの驚きは、私にとって最高の賛辞だ。
建物が完成した瞬間、私は激しい目眩に襲われた。
未加工の粗末な石材すべてに、外部の支援なしで私自身の魔力のみを直接注ぎ込み、性質を組み替える作業は、流石に負荷が高すぎた。
「無茶をするなと言っただろう」
倒れそうになる私の身体を、アレクセイ閣下が力強く抱きとめた。
彼の腕の安定感は、どんな耐震補強よりも頼りになる。
「閣下……契約通り、領民の命を守るためのシェルターは完成しました。完成した建築物は領地の資産ですが、術式の基底となる私の知的成果物の使用権は、依然として私に帰属しますわ」
「わかっている。そんな時にまで契約の話か、貴様という女は」
アレクセイ閣下は苦笑しながらも、私の冷え切った手を、自分の大きな手で包み込んだ。
かつて「地味で冷徹」と蔑まれた私の技術が、今、誰かの命を繋ぐための「支柱」になっている。
その頃。
遠く離れた王都では、異変が起きていた。
以前、私が維持管理魔法を引き揚げた離宮。
そこに、見た目の豪華さを優先した無理な増築が行われたという。
基礎の強度が足りず、寒暖差による石材の膨張に耐えきれなくなった壁に、巨大な亀裂が入り始めている。
「イリス……貴様がいれば、こんなことには……!」
王太子の叫びは、もはや私には届かない。
私は今、北の大地で、自分を必要としてくれる人々の温もりに囲まれていた。
「さあ、閣下。次の設計に入りましょう。次は、この街全体を暖める仕組みが必要です」
「ああ。だがまずは、貴様が休むことが先決だ」
アレクセイ閣下は、私を抱き上げたまま、新しく完成した温かな家へと歩き出した。




