第十話:未来の設計図
高く澄んだ鐘の音が、魔法都市の空に響き渡る。
私は鏡の前に立ち、純白のドレスに身を包んだ自分を見つめた。
かつて王宮の夜会で、婚約破棄を突きつけられた時に着ていた派手なだけのドレスとは違う。
このドレスは、北の大地で採れる強靭な魔導糸を、私の「性質変化」の術式で極上のシルクへと組み替えたものだ。
手元には、あの時からずっと私を支えてくれた銀色の円盤がある。
かつては王宮の維持管理という義務のために使っていたこのツールも、今は私の私物として、この都市の平和を守るための心臓部となっている。
「イリス、準備はいいか」
扉が開き、正装したアレクセイ閣下が姿を現した。
無骨な彼には珍しく、その表情には隠しきれない緊張と、深い慈しみが混ざり合っている。
以前、吹雪の中で私を抱き上げたあの時と同じ、強固な支柱のような安心感がそこにあった。
「ええ。いつでも行けますわ、閣下」
「……今日からは、夫と呼べと言ったはずだが」
アレクセイ閣下が私の手を取り、指先にそっと唇を寄せた。
以前、彼が独占宣言をしてくれたあの日から、私の人生という名の設計図は、彼という存在なしには成立しなくなっている。
私たちは、領民たちの歓声に包まれながら大聖堂へと向かった。
以前は死の地と呼ばれたこの場所が、今は魔法ドームに守られた常春の楽園となっている。
広場を埋め尽くす人々の中には、以前私が建てた魔法の長屋で命を繋いだ家族たちの姿もあった。
ちょうどその頃、王都からは最終的な報告が届いていた。
以前、権利のない図面を改ざんして強行した増築により、国家資産である離宮を崩落させたエドワード様。彼は管理責任者としての重大な過失を問われ、王位継承権を完全に剥奪されたという。
彼は自らの膨大な債務を弁済するために私財を投げ出そうとしたが、以前リリア様に贈った宝飾品などはすでに価値を失い、公的な負債を埋めるには到底足りなかったらしい。
かつて私を「地味で無能」と笑った人々は、今や崩れた瓦礫の中で、失った技術の大きさを思い知っている。
だが、私はもう、あちらの地盤を気にする必要はない。
あちらの所有権も、管理権も、私の人生からは完全に切り離されたのだから。
大聖堂の祭壇の前で、私たちは誓いを交わした。
「俺の命を、この契約の担保とする」
アレクセイ閣下の力強い言葉に、私は微笑んで応える。
「私も、生涯をかけて貴方の隣を設計し続けることを誓いますわ」
式を終え、新しく完成した私たちの家へと向かう。
そこは、以前から私が二人で住むために密かに図面を引いていた、最高の耐震強度と温もりを備えた邸宅だ。
「イリス。この家こそが、俺たちの新しい基礎になるのだな」
「ええ。ですが、完成はしておりませんわよ」
私はアレクセイ閣下の腕の中で、そっと目を閉じた。
建物は時とともに修繕が必要になり、家族が増えれば増築が必要になる。
設計図に「終わり」などないのだ。
「これから一生をかけて、最高の幸福を増築していきましょう。……閣下」
「……ああ。俺たちの未来は、誰にも壊させない」
窓の外には、温かな光に包まれた魔法都市の夜景が広がっている。
かつて砂上の楼閣に怯えていた少女は、もうどこにもいない。
私は今、自らの手で築き上げた、揺るぎない愛という名の地盤の上に立っているのだから。
(完)
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