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山奥にある公立高校で少女はそれなりに楽しい日々を送っていた。友達と語らい、授業をほどほどに聞き流し、部活に勤しむ。そんな普通の高校三年生だ。
「……年に起こったのが『関ヶ原の戦い』で……」
歴史の授業を聞いている最中、眠気に耐えられなくなった少女はぐっと伸びをする。先生から冷たい目線を受けたような気もしたが素知らぬふりをする。
歴史のことを学んでどうするんだか。この教科書に出てくる人たちはすでに故人なのだ。少女は今年控えた受験に歴史を用いるつもりはなかったのであくびを漏らす。定期考査の直前に教科書を楽に見返せるよう、大事そうなところにラインマーカーで線を引いた。どうせ、考査が終わったら忘れるのに。
はやく、はやく四限終わらないかな。少女はこの授業が終わった瞬間にカレーパンを購買に買いに行かなければならない。カレーパンはこの高校でかなりの人気があり、今少女がいる三階の教室からは四限が終わった瞬間に教室を飛び出さなければ間に合わないのだ。授業の長さにイライラしてきた少女はカチカチとシャープペンシルをノックする。
終鈴が鳴る。少女は礼もほどほどに教室を出る。二段飛ばしをしながら階段を駆け降りる。一階に近づくほど人が増え、少女は顔を顰める。それとともに足を早めて…
「あ」
少女はそのまま足を滑らせたのだ。周りの世界がゆっくりに見える。これが走馬灯か。周囲がざわつく中、一人だけこちらを見上げる影があった。その青年の顔を見て少女はその麗しさに思考を止める。青年は落ちてくる少女を受け止めようと手を伸ばす。少女がはっと気がついて青年の手を取ろうとした時にはもう遅かった。二人の手が交わることは、ついぞなかった。
●◯●◯
「わ!」
少女は尻餅をつく。痛みに顔を歪めると、目の前に手が差し出された。先ほどの青年の手だろうとありがたく受け取る。あまりの美しさをもう一度味わいたい、と少女は顔を上げる。あれ、さっきより…大人びている?長いまつ毛、筋の通った鼻筋、引き締まった唇、やはり青年は美しかった。しかし、それよりも、先ほどまで制服だったはずだが…。
「着物…?」
青年は、着物を着ていた。それに学校の階段を駆け降りていたところのはずだが、学校とも違う造りが古い、それでいてまだ綺麗で新しい屋敷にいる。ほのかに遠くから線香と畳の香りがした。少女は夢だと思った。頬をつねった。だが目は覚めない。現実なのだ。
「はは…!」
目の前の麗しい青年は突然笑い始めた。こちとらお尻に激痛が走っている上に状況も理解できていないのに。少女は青年を睨むが逆効果だったようで青年はさらに腹を抱えて笑う。
「君の百面相は面白いな」
「えぇ、私はそれどころではありませんが」
少女は呆れたように青年を見るが笑い止む気配はない。
遠くからバタバタと足音がする。
「殿ー!何事ですか!?」
駆けつけたのは青年と同じく着物を着た男たちだった。彼らは少女を見て目をひん剥く。
「な、なんだこの女!!?忍び込んだのか!!!」
「殿に何かあったら容赦しないぞ!!!」
まさかそんなわけがあるかい、と少女は頭を抱える。ただカレーパンを購買に買いにいきたかっただけなのに。どうしてどうして、男たちに刃物を向けられているのだ…!!?




