第96話 掘り返された跡
夜十時過ぎ。
一ノ瀬祐真は懐中電灯を手に、裏山の入り口に立っていた。
昼間とはまったく別の場所のようだ。風が木々の間を通り抜けるたびに、ざわ……と低く囁くような音がする。
不意に、背後から足音が近づいた。
「祐真さん!」
振り向くと、息を切らした美奈が駆け寄ってきていた。
「どうして来たんだ」
「……心配で、家にいられませんでした。あんな影を見せられて……寝ろって言われても無理です」
祐真は眉をひそめた。
しかし彼女の震える指先を見て、強く拒むこともできなかった。
「春香さんは?」
「私が出てきた時、眠っていました。でも……あれは眠りじゃなくて、気を失ってたのかもしれません」
美奈の声は細く、怯えが滲んでいる。
「……わかった。だが、絶対に俺のそばを離れるな。何があっても」
美奈はうなずき、二人で暗い山道を進み始めた。
目的地は、紅葉の髪飾りが見つかったあの古い祠の裏手。
昼間、落ち葉に埋もれていたはずの地面が──祐真の光に照らされ、露骨に盛り上がっている。
「……やっぱりな」
「掘り返されてますよね、これ……誰かが、最近」
「昨日の捜索では、こんな跡はなかった。つまり──」
祐真がその続きを言い切る前に、
足元でカサッと音がした。
美奈が悲鳴を漏らしそうになるのを、祐真がそっと肩で押さえる。
祐真は手袋をはめ、膝をついて土を掘った。
やがて──それは現れた。
「……これは」
小さな瓶。
指でつまめるほどの古いガラス瓶で、口は布と紐で固く縛られていた。
瓶の内側には、薄く赤茶けた何かが付着している。血のようにも、泥のようにも見えた。
美奈が震える声で言う。
「……紅葉の、じゃ……ないですよね?」
「わからない。だが──これだけじゃない」
祐真はさらに周囲を探り、横に小さな木箱が埋まっていたのを見つけた。
錆びた金具を外し、ゆっくりと蓋を開ける。
中には、
──子ども用の白いスニーカーが一足。
だけど片方しかない。
しかも、まるで誰かが長年抱えていたかのように、生々しい汚れと形跡があった。
「……美桜、の……?」
美奈が言った瞬間、祐真の喉が動いた。
「二十年前の方角に埋まっていた“片方の靴”と……一致する可能性が高い」
美奈は青ざめた。
二十年前、祐真がまだ子どもだった頃──
あの日、美桜の靴は片方しか見つかっていなかった。
その“もう片方”が、
二十年後、紅葉の髪飾りのすぐそばに埋められていた。
繋がっている。
何かが──確実に。
その瞬間、森の奥で音がした。
枝が折れる乾いた音。
そして、足音。
ひとつではない。ゆっくり、こちらに近づいてくる。
「祐真さん……!」
「隠れろ」
祐真は美奈を背にかばい、懐中電灯を消した。
暗闇の中、ただ風の音だけが流れる。
だが足音は、止まらない。
それどころか──祟りのように一定のリズムで迫ってくる。
美奈の耳元で、囁き声がしたように感じた。
──みつけ、た。
息を呑む美奈の肩を、祐真が強く抱き寄せた。
祐真の手が震えているのを、美奈は初めて知った。




