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紅葉-くれは-  作者: 菊池まりな


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第95話 赤い糸のように

夜の帳がすっかり降りた。

 氷川美奈は、薄暗い春香の家の居間でカップを両手に抱きしめていた。窓の外は強い風。風鈴がカラン、と鳴るたびに胸の奥がざわつく。


「紅葉が、見つかったって……本当なんですか?」


 掠れた声で問うと、祐真が頷いた。制服の襟元をゆるめ、疲れの色を隠しきれない顔をしている。


「ああ。ただし──見つかったのは“紅葉のものと思われる遺留品”だ。本人は、まだ」


 春香がテーブルの端に視線を落とす。彼女の指先は小刻みに震えていた。

 机の上には、あの小さな“鈴のついた赤いリボン”が置かれている。

 紅葉が失踪する数日前、髪を結ぶのに使っていたものだ。


「これが……あの子の?」


「間違いないと思います。DNA鑑定に回す予定ですが、土の中に埋められていた。おそらくは……」


 祐真の言葉がそこで途切れた。

 “おそらく”の先を、誰も聞きたくなかった。


 静寂が落ちる。

 時計の針の音が、妙に大きく響く。

 春香の頬を一筋の涙が伝い落ちた。


「……二十年前も、こんな夜だったわ。美桜がいなくなった時も。風が強くて……鈴の音が止まなかった」


 春香の声は遠い記憶の底を彷徨うようだった。

 美奈はその言葉に、ぞくりと背筋を走る感覚を覚える。

 二十年前の美桜の失踪──そして、今また紅葉が消えた。

 同じ時期、同じ風、同じ鈴の音。


「春香さん」

 祐真が静かに言う。

「あの裏山、もう一度調べ直します。あなたは今夜は休んでください。何かあれば、すぐに駐在所へ」


 春香は何も言わず、ただリボンを見つめていた。

 その小さな布切れを指で撫でながら、微かに唇が動く。


「紅葉……どうして、あんなところに行ったの……?」


 答えのない問いが、夜の空気に溶けていく。

 その瞬間──。


 カラン……カラン……


 風鈴が鳴った。

 けれど風は、吹いていなかった。


 美奈の喉がきゅっと詰まる。視線を窓の方に向けた瞬間、背筋を冷たいものが這い上がった。

 ガラスの向こう。庭の端に、誰かが立っている。


 赤いスカート。

 肩までの髪が、ゆっくりと揺れた。

 ──紅葉に、よく似た姿。


 だが、その顔は、月明かりの下でも見えなかった。


「……紅葉?」


 美奈が呟いた瞬間、祐真が立ち上がる。

 だが次の瞬間、その影はすっと消えた。


 風鈴が再び鳴る。

 音の余韻だけが、部屋の奥に残された。


 春香はリボンを胸に抱きしめ、祈るように呟いた。


「お願い……これ以上、あの子を奪わないで……」


 その声をかき消すように、外で風が唸った。

 どこからか、幼い笑い声が混じって聞こえた気がした。


 それは、二十年前に消えた美桜の声に──よく似ていた。



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