第92話 もうひとりの部屋
鈴の音は、確かに祠の外から聞こえた。
けれど、その音が近づくにつれ、空気が妙にひんやりとしていく。
まるで、地下全体が息をひそめて彼らを見つめているようだった。
「……春香さん、ここにいてください。僕が見てきます」
祐真が低く言う。
懐中電灯を構え、祠の方へ一歩踏み出した──その瞬間、また“コトリ”と背後で音がした。
「……今、聞こえました?」
春香が小さくうなずく。
灯りを当てると、通路の奥に細い階段が見えた。
下へと続いている。
躊躇いながらも、祐真は降りていった。
春香も後に続く。
階段の先は、まるで小さな部屋のような空間だった。
そこには古びた木の机と、壊れかけた椅子、そして壁一面に貼られた紙があった。
子どもの手で描かれた絵。
森、鳥、月、そして女の子の笑顔。
だが、それらの絵の隅に、赤黒いインクで上書きされている。
──「かえして」
──「おねえちゃんはどこ?」
──「また まつりがくる」
春香は息を呑んだ。
その筆跡は、美桜のものに似ていた。
机の上には、小さな木箱が置かれている。
蓋を開けると、中には乾いた花びらと、赤い鈴のついた髪飾り。
それは、紅葉が失踪した夜、確かに身につけていたものだった。
「どうして……ここに……?」
春香の声が震える。
祐真は無言で髪飾りを見つめた。
そこにこびりついた土の匂いが、どうしても“最近のもの”のように感じられた。
「春香さん。──誰か、ここを使っていたかもしれません」
その言葉に、春香ははっとした。
机の引き出しの奥に、小さなノートが隠されていたのだ。
表紙には黒いインクでこう書かれていた。
「くれはの日記」
ページをめくると、細い文字でこう綴られていた。
> ここは暗いけど、あたたかい。
> すぐそばに、あの子の声がする。
> 「いっしょにあそぼ」って、毎晩、呼ばれる。
> でも、外には出ちゃいけないんだって。
> お母さん、ごめんね。もうすこしだけ、待ってて。
春香の指先が震えた。
ページの端に、乾いた涙の跡が残っている。
そのとき──
上の階段から、土の崩れる音が響いた。
「……誰か、いる」
祐真が反射的にライトを向けた。
けれど、そこには誰の姿もなかった。
ただ、光の端に、白いワンピースの裾のようなものが揺れた気がした。
春香は無意識に手を伸ばした。
「美桜……? 紅葉……?」
呼びかける声が、湿った空気の中に吸い込まれていく。
返事はない。
だが次の瞬間、部屋の壁に貼られた紙が、一斉に“ひらり”と揺れた。
まるで見えない風が吹き抜けたように。
そして、一枚の紙が春香の足元に落ちる。
それには、幼い文字でこう書かれていた。
「また まつり の よる に あえる ね」




