第91話 祠の裏
森の中は、朝の光が届かないほど静まり返っていた。
濡れた落ち葉が靴底に張り付き、踏みしめるたびにしっとりとした音を立てる。
春香と祐真は、懐中電灯を頼りに祠のある小道を進んでいた。
風はなく、森の奥へ進むにつれて空気が重くなる。
まるで、何かに見張られているような——そんな息苦しさだった。
「……この辺りです。昨夜、誰かがいたのは」
祐真が小声で言う。
彼の手には、古びた鍵が握られていた。祠の近くで見つけたものだ。
それは錆びついているのに、最近まで使われていたような感触があった。
やがて、二人は祠の前にたどり着いた。
木造の鳥居は傾き、注連縄は腐りかけている。だが、そこだけ空気が異様に冷たい。
「ここ……美桜とよく来た場所です」
春香の声は震えていた。
手を合わせようとした瞬間、祠の裏手から“かすかな物音”がした。
「──誰かいるの?」
春香が呼びかけると、返事はない。
ただ、風に揺れる木々の音だけが返ってきた。
祐真が慎重に回り込む。
祠の裏には、苔むした石壁があった。
だが、よく見るとその一部が崩れ、土の下から古びた扉の縁が覗いていた。
「春香さん、見てください。……隠し扉です」
祐真は枝で土をどかしながら、錆びた取っ手を露出させた。
鍵穴があり、手にしていた古鍵がぴたりと合う。
──カチリ。
重たい音を立てて、扉がわずかに開いた。
中からは、土と鉄の混じったような、湿った空気が流れ出てきた。
「祠の地下……こんなもの、昔はなかったはずです」
春香の言葉に祐真はうなずく。
「誰かが、あとから造ったんでしょう。隠すために」
二人は懐中電灯を構え、慎重に中へ足を踏み入れた。
そこは、狭く長い通路だった。壁には子どもの落書きのような模様が刻まれ、床には古びた玩具が散らばっている。
──人形、ガラス玉、そして……赤いリボン。
春香の指先が震える。
「……これ、美桜の……」
その瞬間、通路の奥で“コトン”と何かが転がる音がした。
祐真がライトを向ける。
だが、そこには誰もいなかった。
ただ、壁に貼られた古い紙が一枚、ゆらゆらと揺れていた。
紙には、幼い字でこう書かれていた。
「わたしは もう でられない」
春香の喉がつまる。
その一文が、まるで二十年前の美桜の声のように胸に刺さった。
──その時。
背後から、確かに“足音”が聞こえた。
振り返ると、誰もいない。
ただ、扉の外、祠の方から──かすかに鈴の音が響いていた。




