第90話 封印の森
翌朝。
春香は駐在所の呼び鈴の音に目を覚ました。
祐真が夜通し調べていた結果を伝えに来たのだ。
彼の顔には、疲労と、言葉にしづらい緊張が滲んでいた。
「……春香さん。見せたいものがあります」
彼は机の上に、一枚の写真をそっと置いた。
そこには森の中で笑う二人の少女が写っていた。
一人は、確かに紅葉。だが、その隣にいる少女の顔を見た瞬間、春香の手が震えた。
「……みお、よね……?」
唇が乾き、声がかすれる。
写真の中の美桜は、確かにあの子だった。だが、三歳の姿ではない。
少なくとも、七歳か八歳ほどの、幼いけれどしっかりとした目をした少女だった。
「撮影された時期が、どうしても合わないんです」
祐真が静かに言った。
「この写真が本物なら、美桜ちゃんは失踪後もどこかで生きていた可能性がある。しかも、紅葉さんと……会っていた」
「そんな……だって紅葉は、美桜のことを……」
春香は思い出した。
紅葉が小学生の頃、よく言っていた。
“ねえママ、森に行くとね、もう一人のわたしに会えるの”
そのときは、幼い想像だと笑い飛ばしてしまった。
けれど──。
「祐真さん、その写真……どこで見つけたの?」
「古い祠の近くに埋まっていました。紅葉さんのスケッチブックの裏に『あのひみつのばしょにいきたい』というメモも残っていて……」
春香は目を伏せた。
“ひみつのばしょ”。
それは、二十年前に美桜と遊びに行っていた場所だった。
小川のそばにある小さな祠。誰にも教えなかった、母娘だけの隠れ家。
「……あの森、また行ってみます。美桜がいたなら、紅葉も──」
「待ってください」
祐真が思わず声を上げた。
「昨夜、誰かが森にいたんです。ライトを向けたら逃げました。気のせいではありません。何かを……守るような気配でした」
春香の目が揺れる。
「まるで──あの場所を?」
祐真は黙ってうなずいた。
ふたりの間に、冷たい沈黙が落ちる。
時計の針の音が、やけに大きく響いていた。
「春香さん。もし本当に、あの写真が“現在”のものだとしたら……紅葉さんはまだ、森のどこかにいるかもしれません」
春香は、ゆっくりと顔を上げた。
その瞳には、母親としての決意が宿っていた。
「行きましょう、祐真さん。──あの子たちが待ってる」




