第8話 祭囃子の残響
森の奥へ進むにつれ、祐真の足取りは重くなった。
まるで地面そのものが彼の体を引きずり込もうとしているかのようだ。
耳の奥には囁きが絶え間なく響いている。
──いっしょに。
──還ろう。
だが、その声の中に混じって、別の音が聞こえ始めた。
笛と太鼓の音。
華やかでありながら、どこか不吉な祭囃子。
気づけば、森の中は灯りで満ちていた。
赤い提灯が枝から吊り下げられ、無数の人影が笑いさざめいている。
それは間違いなく、秋祭りの光景だった。
祐真は息を呑んだ。
(これは……幻覚か? それとも……)
人々の服装は古めかしい。昭和初期のような装束もあれば、もっと昔の時代のものもある。
だが、誰一人として祐真に気づかない。
彼らは一心に、境内のような広場へと向かって歩いていく。
祐真も吸い寄せられるように足を運んだ。
広場の中央には、大きな石の台座があった。
その上に立たされているのは──幼い少女。
白い着物をまとい、頭には紅葉の枝が差されている。
怯えた瞳で周囲を見回していた。
(……生贄)
祐真の背筋に冷たいものが走る。
笛や太鼓が高鳴り、人々の口から一斉に祝詞のような声が溢れ出す。
その言葉は意味を成さない。
だが耳に届くたびに、祐真の頬の印が熱を帯びた。
「やめろ……!」
祐真は声を上げた。だが誰も振り向かない。
祭りの最高潮、太鼓が大きく鳴り響いた瞬間──少女の姿は消え、台座の上には真紅の葉だけが舞い落ちた。
ざわり、と森全体が揺れた。
気づけば、灯りも人影も消えている。
残っているのは血のような紅葉の山。
祐真は膝をつき、拳を握りしめた。
「……これが、森の正体か」
そのとき、背後から声がした。
「刑事さん……」
振り向いた祐真の目に映ったのは──くれはだった。
白いワンピースが紅葉に染まり、虚ろな瞳でこちらを見つめている。
「くれは!」
祐真は駆け寄ろうとした。
だが次の瞬間、彼女の足元が崩れ、無数の赤い葉に飲み込まれていく。
「待て!」
祐真は手を伸ばした。
だが、掴んだはずの腕は冷たく、脆く──
葉が崩れ落ちるように、祐真の手の中から消えた。
囁きが耳を裂くほどに響いた。
──もう、遅い。
──次は、おまえ。
祐真は息を荒げながら立ち上がった。
目の前には、紅葉でできた道が真っ直ぐ続いている。
その先に、異様な赤い光が揺れていた。
祐真は銃を握りしめ、赤い道へと歩を進めた。
もはや引き返すことはできなかった。




