表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紅葉-くれは-  作者: 菊池まりな


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

86/154

第85話 森が呼んでいる

夜が深くなるにつれて、森の匂いが濃くなっていった。湿った土と、どこか焦げたような匂い。春香は懐中電灯を握り直しながら、後ろを振り返る。

 すぐ後ろに、祐真がいる。彼は懐中電灯を下向きに構え、足跡を確かめるように歩いていた。そのさらに後ろ、美奈が小さく息を呑みながらついてくる。


「……春香さん、こんな夜更けに森へ入るなんて、本当に大丈夫なんですか」

「もう、引き返せないわ。あの『影』を見たでしょう? 紅葉が、まだどこかにいるかもしれないの」


 春香の声には焦りと決意が入り混じっていた。

 森の奥で、木々が不気味にざわめく。まるで彼らの足音を追うように、風が尾を引いた。


 やがて、祐真が足を止める。

「……見てください。ここ、誰かが最近、出入りしている形跡があります」


 懐中電灯の光が照らしたのは、ぬかるみに刻まれた靴跡だった。

 しかも──それは、子どもの小さな足跡と、大人のものが並んでいた。


「こんな夜中に……子ども?」

 美奈の声が震える。

 春香の胸に、鋭い痛みが走った。

 ──まさか、美桜?


 息を飲む彼女の前で、祐真がしゃがみ込み、足跡を指先でなぞる。

「新しい。少なくとも数時間以内ですね。ここから奥に向かってます」


「行きましょう」

 春香はためらわず言った。


 しかし、一歩踏み出した瞬間、耳の奥で“鈴の音”が微かに響いた。

 チリ……ン、と、森の闇の中から。

 懐中電灯を左右に振っても、何も見えない。だが、確かに聞こえた。


「今の……紅葉の……?」

 美奈の唇が震えた。あの鈴の音は、紅葉が最後につけていた髪飾りの音と同じだった。


 春香は、祐真を見た。祐真は眉をひそめ、無言でうなずく。

 ──もう、戻れない。


 三人は、音のする方へ歩き出した。

 森はますます深くなり、空の月が枝の隙間から細く覗く。

 風のないはずの夜に、木々の葉が揺れ、かすかに囁いた。


 「かえして……」


 誰かの声が、春香の背後で囁いた。

 振り返ると、そこには誰もいない。

 ただ、足元の土が、ぽたりと濡れていた。

 雨でもない。露でもない。

 それは、涙のように見えた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ