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紅葉-くれは-  作者: 菊池まりな


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第83話 土の下の声

金属の箱は、長い年月を経て錆びついていた。

 祐真がスコップを差し込み、土を掘り返すたびに、夜の森がざわりと身をよじる。

 その音が、まるで何かが嫌がっているように聞こえた。


「……もう少しで、出る」

 祐真は額の汗をぬぐいながら、慎重に土を払った。

 春香と美奈はその様子を固唾をのんで見守っている。


 やがて、箱全体が姿を現した。縦三十センチほどの古びた木箱に、鉄の取っ手。

 木目は腐食して黒ずみ、ところどころに古い血のような色が滲んでいた。


 美奈が小さく喉を鳴らす。

「……こんなの、見たことない……」


 祐真は手袋を締め直し、慎重に蓋をこじ開けた。

 軋む音とともに、湿った空気が漏れ出す。

 その瞬間、三人の鼻をかすめたのは、土ではない──古い香のような、甘ったるい匂いだった。


「なに、これ……」

 春香が思わず口を覆う。

 中には、濡れた布に包まれた何かが入っていた。


 祐真が布をめくると、そこには──


 小さな木彫りの人形が並んでいた。

 五体。どれも粗雑な作りで、表情が歪んでいる。

 だが、そのうちのひとつに──鈴が結びつけられていた。


 チリン。


 風もないのに、鈴が鳴った。

 美奈の膝が崩れ、思わず地面に座り込む。


「それ……紅葉の髪飾り……!」


 春香は息を詰め、手を震わせた。

 見間違えるはずがない。紅葉がいつもつけていた、小さな銀色の鈴。

 それが、人形の首に巻かれている。


「どうしてこんなものが、ここに……」

 祐真は低く唸るように言った。


 箱の底には、さらにもうひとつのものがあった。

 それは古びた半紙。何度も湿気を吸い、ほとんど文字が滲んでいる。

 だが、かろうじて一行だけが読み取れた。


 ──“次は、紅葉の番”。


 春香の顔から血の気が引いた。

 紙を掴む指が震える。

 これは、警告ではない。予告だ。


 祐真は顔を上げ、森の奥を睨む。

「誰かが……見ている。」


 そのとき、遠くで枝が折れる音がした。

 祐真がライトを向ける──誰もいない。

 しかし、木々の間に、白い布のようなものが一瞬揺れた。


 春香は無意識に美奈を抱き寄せる。

「……美桜のときも、こんな夜だったわ。森が、誰かを呼んでいた……」


 チリン。

 また鈴が鳴る。

 それは森の奥から、まるで返事をするように。


 美奈が、涙をこらえながら囁いた。

「紅葉は、まだ……生きてる。あの鈴、呼んでる……」


 祐真は拳を握りしめた。

 だがその手の震えは、寒さのせいではなかった。


 二十年前──祐真は、確かに聞いたのだ。

 あの夜、美桜が森に消える直前、同じ鈴の音を。


 “呼ばれたの”。


 その言葉とともに、少女は森に溶けた。


 今、また誰かが同じ声に導かれている。

 春香の胸に、耐え難い確信が生まれていた。


 森は生きている。

 そして、何かを求めている。



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