第78話 封じられた森
森の奥は、昼間だというのに光を拒んでいた。
湿った土の匂いと、かすかに漂う鉄のような匂い。
風が通るたび、葉擦れの音に混じって、誰かの囁きが聞こえる気がした。
美奈は足元の枯葉を踏みしめながら、祐真の背中を追う。
そのすぐ後ろには、春香が立ち止まりながら、何度も空を仰いでいた。
彼女の表情は青ざめ、目の奥には焦点がない。
「……この辺り、よね。紅葉が最後に見られたのは」
美奈が声を潜めて言うと、祐真は無言でうなずいた。
手には懐中電灯。光が一点を照らす。
そこには、明らかに人の手で掘り返されたような跡があった。
土はまだ新しく、斜面に崩れかけた土塊が残っている。
何かを埋めた――いや、何かを掘り出したようにも見えた。
「……最近のものだな」
祐真がしゃがみ込み、手袋越しに土をすくう。
「乾いてない。少なくとも、ここ一週間以内だ」
「誰か……ここに来てたの?」
美奈が息を呑む。
春香はその場に立ち尽くしたまま、唇を震わせた。
「祐真さん……この森、やっぱり……何かあるんです」
震える声で春香が言った。
「紅葉が消える前の夜、あの子が言ってたの。“森が呼んでる”って……」
祐真は顔を上げた。その表情には、かすかな緊張が走る。
「……春香さん。その言葉、20年前にも聞いたんだ」
美奈が目を見開く。
「え……?」
祐真は深く息を吐いた。
「俺がまだ小学生のとき、玲奈って子がいた。
その子も“森に呼ばれた”って言って……そして、消えた」
沈黙。
風が吹き抜け、掘り返された土の上に、枯葉が一枚落ちる。
それがゆっくりと回転しながら沈んでいくのを、美奈は見つめていた。
「……祐真さん、その玲奈さん、どうなったんですか?」
「わからない。ただ、あの時も“ここ”だった。まったく同じ場所だ」
春香が小さく悲鳴を上げた。
彼女の視線は、掘り返された跡のすぐ傍にあるものへと吸い寄せられていた。
それは──木の根元に打ち込まれた古い木札だった。
墨のような黒い線で、何かが書かれている。
祐真が手を伸ばして泥を拭うと、そこに浮かび上がった文字は──
『タチバナ』。
春香が崩れ落ちた。
「やめて……やめてよ……なんで、ここに……!」
美奈は震える手で春香の肩を支えた。
祐真は木札を見つめたまま、低く呟く。
「……やっぱり、封じてあったんだ。この森そのものが……何かを。」




