表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紅葉-くれは-  作者: 菊池まりな


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

78/154

第77話 鈴の音の夜

裂け目の奥は、懐中電灯を照らしても終わりが見えなかった。

 土壁が湿って光を吸い込み、底の見えない闇へと続いている。

 冷たい空気が頬を撫で、祐真は思わず身を引いた。


 「……行くのは危険だ。崩れやすい。下手をすれば、生き埋めになる」

 そう言って、彼は祠の前に立ち、春香と美奈を見やった。


 春香の手の中では、さっき拾った鈴がかすかに震えていた。

 風のせいではない。

 まるで“誰かの手”が内側から触れているように。


 「……紅葉」

 春香の唇から、娘の名が漏れた。

 その瞬間、森の奥から──小さな声が聞こえた。


 『……お母さん……』


 空気が止まった。

 祐真も美奈も、息を呑む。


 「今の、聞こえましたか?」

 美奈が震える声で問う。

 祐真は目を細め、耳を澄ませる。だが、もう何も聞こえなかった。


 「……帰ろう」

 祐真が低く言う。

 「今夜はここまでにしましょう。無理に進むと、取り返しがつかなくなる」


 春香はなおも裂け目を見つめていた。

 娘が、そこにいる気がしてならなかった。

 けれど、鈴が突然──鳴った。


 澄んだ音が、夜の森を切り裂くように響き、

 それと同時に春香の手から鈴がするりと落ちた。


 カラン、と転がる鈴。

 祠の奥へ、闇の中へ吸い込まれるように消えた。


 春香が駆け出そうとした瞬間、祐真が腕を掴んだ。

 「ダメだ、春香さん!」

 「離して!紅葉が──!」

 「違う!あれは紅葉じゃない!」


 祐真の声は、ほとんど叫びだった。

 森の奥で、木々がざわめき出す。

 風ではない。まるで、何かが這い寄ってくるような音。


 春香の顔から血の気が引いた。

 祐真が彼女を抱えるようにして森の外へ引きずり出し、美奈が後を追った。


 森を抜けるまでの道が、異様に長く感じた。

 背後では、鈴の音が断続的に鳴り響き、そのたびに空気が凍る。


 ──紅葉の声。

 あれは、誰だったのか。


 春香の頭の中では、何度もその問いが反響していた。




 夜。

 美奈は自室のベッドで、眠れずにいた。

 窓の外では、虫の声も止み、ただ月だけが鈍く光っている。


 机の上には、紅葉と撮った写真があった。

 夏祭りの日、二人で笑っている。

 写真の中の紅葉は、いつものように明るくて、どこにも“消える予兆”なんてなかった。


 ──なのに、なぜ。


 「紅葉……どこにいるの?」


 呟いたそのとき。

 チリ──ン。


 耳元で、鈴が鳴った。


 美奈ははっとして顔を上げた。

 部屋には誰もいない。

 けれど、写真立てのそばに置いていたカーテンが、風もないのに揺れている。


 音は、もう一度鳴った。

 今度は、窓の外から。


 恐る恐るカーテンを開けると、月明かりの下に、森の方角で赤い光がちらついた。

 それは、まるで人の形をしていた。


 ──鈴の音が、遠くから返ってくる。

 「……紅葉?」


 美奈が呟いた瞬間、その光がふっと消えた。


 そして、ガラス窓に誰かの手形が、内側から押し付けられるように浮かび上がった。

 冷たく、湿った、小さな手。


 美奈は悲鳴を上げることもできず、ただ震えた。

 外から吹き込む風が、彼女の髪を揺らしながら──

 まるで囁くように、ひとこと、言った。


 「見つけて。」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ