第75話 ひもろぎの灯
丘の斜面に並ぶ小さな祠は、どれも苔むしていた。
その中のひとつ──鈴の音が転がった祠の前で、美奈は立ち止まる。
「……誰か、いるの?」
呼びかけた声は、木々に吸い込まれるように消えた。
返事はない。ただ、祠の奥から微かに湿った匂いが漂ってきた。焚き火のような、焦げたような、けれどどこか懐かしい匂い。
かがみ込み、懐中電灯を向ける。
──その光が、何かに反射した。
祠の中には、古びたお札や供物に混じって、新しい靴跡が残っていた。
泥の跡はまだ乾ききっていない。ここに“最近”誰かが来たのだ。
さらに奥、祠の隙間には、黒いカバンのようなものが押し込まれている。
美奈はためらいながらも手を伸ばした。
取り出してみると、それは学校指定のバッグだった。
角の刺繍には、見慣れた文字があった。
──「TACHIBANA」。
「……紅葉……?」
喉の奥がきゅっと締めつけられる。
中を覗くと、ノート、ペン、そして濡れた写真が数枚。
その写真のひとつには、美奈と紅葉、そして──見覚えのない“もう一人の少女”が並んで笑っている姿が写っていた。
ただ、その顔は濡れた部分で滲み、まるで意図的に消されたようだった。
背後の木々がざわりと揺れる。
風ではない。何かが動いた音。
振り返る。
だがそこには、誰もいなかった。……はずだった。
次の瞬間、祠の影がふっと長く伸び、美奈の足元に絡みつく。
まるで誰かが、そこから手を伸ばしているかのように。
「……紅葉、なの?」
声を出した瞬間、背後でカラン……と鈴が鳴った。
それは、風が吹いたわけでも、美奈が動いたわけでもなかった。
確かに“誰か”が、そこにいる。
そして、その気配は、祠の奥からじっと彼女を見つめている。
懐中電灯の光が震える。
美奈は一歩、後ずさった。けれど、もう遅かった。
祠の闇の中で、何かがゆっくりと立ち上がる気配がした。
──紅葉の声が、耳元で囁いた。
「もう、見ちゃったのね……美奈。」




