表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紅葉-くれは-  作者: 菊池まりな


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

74/154

第73話 呼ばれた者の名

朝霧が立ちこめる村の外れ。

 杉木立の影に隠れるようにして、古びた祠がひっそりと佇んでいた。

 苔むした石段は崩れかけ、屋根には蔦が絡まり、長いあいだ誰にも触れられていないことがわかる。


 春香は足を止め、息を呑んだ。

「……こんなところ、昔はなかったはずなのに」

 隣の美奈が、小さく首を傾げた。

「私も知らなかった。だけど……紅葉が、ここに行こうって言ってたの。祭りの前の日、“声がする”って」


 春香の手が震える。

 あの夜の紅葉の笑顔が、脳裏に蘇る。

 浴衣姿で手を振っていた娘。その姿が最後だった。


 二人は恐る恐る、祠の扉を押し開けた。

 中は思ったより広く、冷たい湿気と土の匂いが満ちている。

 灯りをつけると、奥の壁に“何か”が浮かび上がった。


 それは、古びた石板だった。

 厚い土に埋もれ、半分は苔で覆われている。

 だが、指でなぞると──文字が刻まれているのがわかった。


「……名前、ですか?」

 美奈が息をのむ。

 春香はライトを近づけた。

 そこには、震えるような筆跡でこう刻まれていた。


> 呼ばれし者たちの名




 その下に、いくつもの名前が並んでいる。

 どれも見覚えのある村の名字ばかりだった。


「……氷川……橘……一ノ瀬……?」

 美奈が囁く。

 春香の指が震えながら、最後の行へと滑っていく。


> 橘 紅葉




 その名の下に、浅く新しい傷跡が刻まれていた。

 ──まだ、乾いていない。


「最近……刻まれた?」

 美奈の声がかすれる。

 春香は背筋を凍らせた。

「紅葉が失踪したのは数日前……じゃあ、これはいったい誰が……」


 そのときだった。

 祠の奥から、風が吹いた。

 いや、風ではない。何かが“通った”──目には見えない何かが、二人の間をすり抜けていった。


 蝋燭の炎が揺れ、壁の影が踊る。

 春香の耳に、微かな声が届いた。


 ──おかあさん。どうして、見つけたの。


「紅葉……?」

 春香は思わず呼びかける。

 その瞬間、祠の奥の闇の中に、小さな白い手が見えた。

 泥にまみれたその手が、石板をなぞるように動く。


 新しい文字が、音もなく刻まれていく。

 春香と美奈の目の前で──。


> 氷川 美奈




 美奈の顔が真っ青になった。

 足元の土がずぶりと沈む。

 祠の床の下から、低いうなり声のような音が響きはじめた。


 春香が美奈の腕を掴む。

「逃げるわよ!」

 二人は祠から飛び出し、石段を駆け下りた。

 背後では、祠の扉が軋みをあげて閉まり、

 風のような声が、遠くで笑った。


 ──また、ひとり、呼ばれた。


 春香は走りながら、美奈の手を離さなかった。

 その掌に、冷たい何かが握られているのに気づく。

 それは、紅葉のペンダント。

 だが、裏面の文字が、変わっていた。


> 次は、あなたを迎えに行く




 風が吹き荒れ、紅い枯葉が二人の周囲に舞った。

 それはまるで、森そのものが“喜んでいる”かのようだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ