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紅葉-くれは-  作者: 菊池まりな


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第71話 埋められた声

森の空気が、一瞬にして重たくなった。

 紅葉の幻が消えたあと、風さえ止まったように感じられた。

 木々が息を潜め、地面の下から何かが“聴いている”ような、奇妙な圧があった。


 春香が、美奈の手を握る。

 その手は冷たく、指先が震えていた。

「……美奈、戻ろう。もう、これ以上は──」

 だが、美奈は小さく首を振った。

 彼女の目は、紅葉が立っていたあたりの地面に釘づけになっていた。


「……ここ。足跡がある」

 湿った土の上に、小さな靴の跡が残っていた。

 だが、それは途中でぷつりと途切れ、

 代わりに、円を描くように地面がわずかに盛り上がっている。


 しゃがみこんで指でなぞると、土がまだ柔らかい。

 最近、誰かが掘り返したようだった。


「まさか、動物の巣とかじゃ──」

 春香の言葉を遮るように、遠くでカラスが鳴いた。

 それが合図のように、美奈は手にしていた枝を突き立てる。

 ぐっと力を込めて土を掻くと、腐葉が剥がれ、湿った泥の下から何かが覗いた。


 ──白い。


 最初は、石かと思った。

 だが、よく見るとそれは細長く、丸みを帯びている。

 土を払うと、それは──骨だった。


 春香が口元を押さえ、後ずさる。

 美奈は息を呑み、枝を投げ出した。

 掘り返された穴の中から、折れた小枝と共に、小さな布切れが見えた。


 それは紅葉が祭りの夜に着ていた浴衣の柄──白地に紅い桜。


「……そんな、どうして……」

 春香の声が震える。

 美奈は、泥にまみれた布を拾い上げた。

 その指に、何か硬いものが触れた。


 小さな、錆びたペンダント。

 中を開けると、写真が入っていた。

 紅葉と美奈。二人が笑って肩を寄せ合っている、祭りの夜の写真だった。


 だが、その裏面に、黒いペンで何かが書かれていた。


 ──「呼ばれたの、今度はあなた」


 風が再び吹き抜け、森がざわめく。

 どこからか、紅葉の笑い声のようなものが混じった。


 春香が叫ぶ。

「美奈ちゃん、離れて! それ、置いて!」

 だが、美奈の手は動かない。

 ペンダントを握りしめたまま、彼女の瞳は空ろになっていた。


「……紅葉……私、今度こそ迎えに行くから──」


 その瞬間、地面の奥から、何かが軋むような音がした。

 まるで誰かが、下から扉を叩いているかのように。


 春香の背筋を、凍えるほどの寒気が走った。

 ──森の奥で、何かが“目を覚ました”。


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