第6話 紅葉の社
翌朝。
町の外れにある小さな神社の鳥居をくぐると、冷えた空気が頬を撫でた。
境内の奥には大きな楓の木が立っており、葉はすでに真紅に染まっている。
祐真は思わず足を止めた。
その紅葉は、不気味なほど鮮やかだった。
まるで血を吸って紅くなったかのように──。
社務所の縁側に座っていたのは、白髪の宮司だった。
年齢は七十を越えているだろう。深い皺を刻んだ顔には、何かを知っている者特有の静けさがあった。
「一ノ瀬刑事。……来ると思っていました」
祐真は驚いた。名を告げてもいないのに。
宮司は静かに湯呑を差し出した。
「森の声を聞いたでしょう。あれは“楓の社”の呼び声です」
「呼び声……?」
「この町の楓の森は、古くから“捧げの森”と呼ばれてきました。秋祭りは本来、森へ生け贄を捧げる儀式だったのです」
祐真の胸に冷たいものが落ちる。
宮司は続けた。
「二十年ごとに、森は“娘”を求める。
かつては村人たちが孤児やよそ者を差し出した。
だが明治以降、儀式は途絶え……森は代わりに、血筋を選ぶようになったのです」
「……橘の家、ですか」
祐真の言葉に、宮司はゆっくり頷いた。
「橘家は、この社に仕えてきた家系。
森と血の契りを交わした一族なのです。
だからこそ、森は彼らの娘を求める」
祐真の背筋に氷の刃が走った。
──呪いは偶然ではなく、血に刻まれた宿命。
祐真は唇を噛みしめた。
「なら、くれはを取り戻す方法は……?」
「ありません」
宮司の声はあまりにあっさりしていた。
「森に入れば、あなたも囚われるだけ。
娘を救うことはできません。……忘れなさい」
その瞬間、境内を突風が駆け抜け、紅い葉が祐真の頬をかすめた。
頬に残った赤い筋を、宮司が見て顔を曇らせる。
「……もう遅いかもしれませんな」
「どういう意味です」
「葉に触れた者は、森に印を刻まれる。
それは“選ばれた”という証」
祐真は思わず頬を押さえた。
そこには確かに、細い傷が赤く浮かんでいた。
その夜。
祐真は宿舎の鏡を覗き込んだ。
頬の傷は消えるどころか、まるで木の枝のように細かく広がっている。
耳の奥で、囁きが聞こえた。
──くれは。
──いっしょに。
祐真は震える手で拳銃を握った。
銃口を鏡に向け、声を振り払おうとする。
だが、鏡の中の自分の顔に、赤い葉が貼りついていた。
それはゆっくりと、血のように滲んでいった。




