第61話 森の鼓動
風が止まり、森の奥から、まるで誰かが深呼吸するような音が響いた。
春香は思わず足を止めた。木々のざわめきが、まるで意志を持って動いているように見える。
「……今の、聞こえた?」
美奈が息を呑む。祐真も眉をひそめ、耳を澄ませた。
再び──森の奥で“どくん”と音がした。地面が微かに震える。
その鼓動は、森全体が生きているかのように、一定のリズムで続いていた。
「まるで……森が心臓を持ってるみたいだ」
祐真の言葉に、春香は頷いた。
「“記憶の核”が近いのかもしれない。ここが、あのラボと繋がっているんだわ」
三人は慎重に歩みを進める。光が木漏れ日のように揺らぎ、足元には不自然に整った石畳が見え隠れしている。
「これ……人工的だよね?」
美奈がしゃがみ込み、苔を払いのけると、そこには奇妙な文様が刻まれていた。
渦を描くような円、そしてその中心に「Σ(シグマ)」の文字。
春香の脳裏に、ラボの天井に浮かんだホログラムの記号がよぎる。
「やっぱり……ここは“ラボ”の外側。記憶を守るための『外殻領域』だわ」
その瞬間、森の鼓動が強くなった。木々が震え、鳥たちが一斉に飛び立つ。
地面の下から、青白い光が漏れ出した。
「危ない、美奈!」
春香が叫ぶと同時に、光が爆ぜ、三人は強烈な閃光に包まれた。
視界が白く塗りつぶされ──
次に春香が目を開けた時、そこは見覚えのある廃墟だった。
──ラボ。
だが、以前とは違う。
壁のひび割れの中から蔓が伸び、天井から光が差し込んでいる。
「……融合が始まってる」
祐真の声は、どこか震えていた。
森とラボ。
自然と記憶。
現実と幻。
すべての境界が、今、溶け始めていた。
春香は静かに立ち上がり、奥にあるホールの扉へと目を向けた。
「行こう。──“真実”が、あの先にある」
祐真と美奈は頷き、三人は再び歩き出した。
足元で、青い光がゆっくりと波打つ。
まるで森が、彼らを導いているかのように。




