第58話 時の断層
光が弾けたあと、あたりは奇妙な静寂に包まれていた。
森のざわめきも、虫の声も、何ひとつ聞こえない。
──祐真は息を呑んだ。
そこに立っているのは、たしかに“森”のはずだった。だが、景色はどこか歪んでいる。
木々の枝は半透明に揺らめき、地面には無数の光の粒が散らばっていた。
春香と美奈も立ち尽くしていた。
「ここ……どこ?」
美奈がかすれた声でつぶやく。
春香は周囲を見渡し、震える声で応えた。
「森……のはずよ。でも……何か違う。空が……動いてる……」
見上げた空には、雲が逆流していた。時間が巻き戻されていくように、光と影が入り乱れている。
そして、遠くに見えるはずの祠が──いつの間にか、鉄とガラスでできた建造物に変わっていた。
「……ラボだ」
祐真が低くつぶやく。
「まさか、森とラボが……繋がってるのか?」
足元の地面が微かに脈動していた。まるで生きているように。
その震えとともに、祐真の頭の奥に鋭い痛みが走る。
──フラッシュのように、過去の映像が流れ込んでくる。
小さな祠の前で、幼い子どもたちが遊んでいた。
その中に、三歳の橘美桜がいた。
「みおー、危ないからそこ行っちゃだめ!」
幼い祐真が叫んでいる。
だが美桜は振り返り、笑ってこう言った。
──「あの声、聞こえる?」
森の奥から、鈴の音のような“呼び声”が響く。
そして、彼女はゆっくりと光の中に消えた。
泣き叫ぶ祐真の背中で、大人たちの足音と、祠の奥から響く金属音が重なった。
祐真は地面に膝をつき、額を押さえた。
「俺だ……俺が、あの日……!」
春香が駆け寄る。
「祐真さん、何を思い出したの?」
「20年前のあの日……俺は、あの子を止められなかった。美桜は“呼ばれた”んだ。
でも、それだけじゃない。あの祠の下には、何か……研究施設みたいなものが……」
その瞬間、地面が再び震えた。
森の中に“機械音”が響く。まるで何かが起動したかのように。
祐真は立ち上がり、祠──いや、いまはラボのように変貌した構造物へと歩み寄った。
扉の前には、ぼんやりと光る液体のような壁。
祐真が手を伸ばすと、それは静かに波紋を広げた。
「この先に……真実がある気がする」
春香は美奈の肩を抱き、ためらいながらも頷いた。
「紅葉も、きっとここを通ったのね」
美奈が涙ぐみながら言う。
「“カエセ”って、あの声は……紅葉のじゃなかったのかもしれない」
「え?」
「もっと、奥から……誰か、別の“存在”が呼んでた」
その言葉に、祐真の背筋が凍る。
──呼ばれた子どもたち。
──封じられた“森の意識”。
扉が、ゆっくりと開いた。
白い光が三人を包み込み、彼らの姿が闇の奥へと飲み込まれていった。
そして、最後に聞こえたのは、紅葉の声ではなかった。
──「ようやく、戻ってきたね。祐真くん」
その声は、確かに“美桜”のものだった。




