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紅葉-くれは-  作者: 菊池まりな


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第57話 記憶の裂け目

森の奥へと続く小径を、春香たちは慎重に進んでいた。

 昼間だというのに、木々の枝が光を遮り、空気は異様に冷たかった。

 祐真が先頭で懐中電灯を構え、その後ろを春香と美奈が続く。


「……ここ、覚えてる」

 美奈がぽつりとつぶやいた。

 彼女の視線の先、苔むした石の祠。

 それは、紅葉が最後に写真を撮っていた場所だった。


「紅葉が言ってたんです。『この祠の奥に“何か”がある』って」

 美奈の声は震えていた。

「でも、ここに来たはずなのに……紅葉は、もうどこにもいなかった」


 春香が祠の前に膝をつき、静かに手を合わせる。

 その瞳に宿るのは祈りではなく、決意だった。

「紅葉……あなた、ここに何を見たの?」


 祐真が懐中電灯を祠の奥に向ける。

 その瞬間、光が何かに反射した。

 金属……いや、もっと複雑な、人工的な輝き。

 奥には人の手では開けられそうもない、円形の鉄扉が隠されていた。


「……やっぱり、あったか」

 祐真が低くつぶやく。

「俺が子どもの頃、美桜が消えた場所も、たしかこの辺だった。森の中に“光るもの”を見たって……誰かが言ってた」


 春香が顔を上げ、祐真を見据える。

「祐真さん。それ、どういう意味?」


「わからない。ただ、当時の記録には残ってない。でも、村のじいさんたちは言ってた。『森が呼んだ』『帰れない子が出る』って……」


 風が吹き抜け、木々がざわめく。

 春香は一瞬、耳を澄ませた。

 ──カエシテ。

 どこか遠くから、囁くような声が確かに聞こえた。


「いま……聞こえた?」

 美奈が青ざめた顔で春香の袖を掴む。

「“カエシテ”って……」


 祐真が立ち上がり、懐中電灯をもう一度祠の奥に向ける。

 すると、鉄扉の隙間から一瞬、光が漏れた。

 まるで“内側”から、誰かがこちらを見ているかのように。


 春香は無意識に一歩、近づいた。

 その瞬間──地面が揺れ、低いうなり声のような音が森全体に響いた。


「春香さん、下がって!」

 祐真が腕を掴み、引き戻す。

 だがその手を振りほどくように、春香は祠に手を伸ばした。

 ──カエセ。

 今度ははっきりと、女の声だった。


 風が止み、森の時間が凍りつく。

 春香の視界が、ゆらりと歪む。

 気づけば、目の前に立っていたのは──紅葉だった。


 白いワンピースに、秋風のような赤いリボン。

 けれど、その瞳はどこか虚ろで、焦点が合っていない。


「……紅葉……?」

 春香の声は震えていた。


 紅葉は微笑んだ。

 その口元から、静かに血が流れた。

「お母さん……帰っちゃ、だめ……“あっち”が、まだ……」


 その言葉と同時に、紅葉の身体は砂のように崩れ、風に溶けて消えた。

 春香は膝をつき、声を失ったまま地面に手をつく。


「おい、春香さん!」

 祐真が駆け寄るが、彼自身の視界にも違和感が広がっていた。

 空が裂け、木々が逆流するように上空へ吸い込まれていく。

 光と闇が反転し、音が遠のく。


 ──祐真は見た。

 消えたはずの3歳の美桜、森の奥で手を伸ばしていた少女の姿を。


「まさか……美桜……?」


 そして、次の瞬間。

 世界が真っ白に弾けた。


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