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紅葉-くれは-  作者: 菊池まりな


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第49話 残響する記録

鉄扉の向こうは、思った以上に暗かった。

かつて研究施設だったとは思えないほど湿り気があり、壁は黒ずみ、天井からはつららのように配線が垂れ下がっている。

それでも、奥のどこかで淡く光るモニターが、かろうじて内部の輪郭を照らしていた。


春香は手のひらを胸に押し当て、紅葉のペンダントを強く握りしめる。

「ここ……前に来たときより、空気が重い……」


美奈は震える手でスマートフォンのライトをつけ、周囲を照らした。

壁には、古びたファイル棚。研究記録のような紙束が散乱している。

その中の一枚を拾い上げると、赤黒いインクでこう書かれていた。


> 【被験体 No.04:クレハ】

記憶転写率──83%(成功域)




「……これ、紅葉の名前……?」

美奈の声が、かすれた。


祐真は書類を取り上げ、眉を寄せる。

「研究記録だな。……でも、こんな実験、俺たちの村でやってたなんて……」


春香はゆっくりと祐真の方を向いた。

「あなた、前に言ってたわよね。“思い出せと言われてる気がする”って」


祐真の表情がわずかに揺らぐ。

彼は黙って壁の奥に目を向けた。

そこには、半ば崩れた観察室のガラスがあった。

中には、壊れたモニターがいくつも並び、そのひとつが──チカッ、と点滅した。


画面が生き返る。

ノイズ混じりの映像が流れ始めた。


ぼやけた白衣の背中。

その隣で、小さな女の子が立っている。

くすんだピンクのワンピース。

──橘美桜。


春香の喉から、声にならない声が漏れた。

「……美桜……?」


画面の中の美桜が、誰かに何かを囁くように唇を動かす。

ノイズの向こうに、かすかな声が届いた。


> 『……あのね、また……呼ばれてるの』




その瞬間、祐真の頭に閃光が走った。

脳裏に焼きつくように、20年前の情景が蘇る。


──秋の日。

子どもたちの笑い声。

森の奥から響いた“鈴の音”。


「……俺が……見てた……」

祐真の声は、ほとんど息だった。

「俺が、美桜を……あの森に、行かせたんだ……」


美奈が驚いて祐真の腕を掴む。

「どういうことですか!?」


「俺たちは……遊んでた。森の入口で。

 そのとき、美桜が言ったんだ。

 “お姉ちゃんが呼んでる”って……」


春香が、崩れるように床に膝をついた。

「そんな……お姉ちゃんは──紅葉もまだ生まれてなかった……」


沈黙。

ラボの奥から、何かが動く音がした。


──カタン。

──ギィ……。


ライトを向けると、観察室の奥の扉が、ゆっくりと開いていく。

暗闇の向こうに、誰かの影が立っていた。


白衣を着た細身の女性。

顔は見えない。だが、その背格好に、春香の心臓が跳ね上がる。


「ま……さか……」

春香が絞り出すように言う。

「紅葉……なの?」


答えはなかった。

ただ、影がこちらに一歩、踏み出した。

その足元から、黒い根のようなものが床を這い、静かに音を立てる。


祐真が拳銃を構えた。

「春香さん、美奈、下がれ!」


だがその瞬間、モニターが一斉に点滅し、あの声が響いた。


> 『また──呼んでる。森の奥で、みんな待ってる』




美奈が悲鳴を上げた。

春香は、ペンダントを握りしめたまま、ただ呟いた。


「紅葉……あなたは、どこにいるの……?」


そして、観察室の扉の向こう──

赤く光る“祠”の映像が、モニターに映し出された。



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