第4話 封じられた記憶
町役場の資料室は、午前の光に照らされながらも重苦しい空気を纏っていた。
古い木造の建物の一角、誰も近寄らない埃まみれの棚の奥に、祐真は目的のものを見つけた。
──町内で発生した行方不明事件記録簿。
厚いファイルを開いた瞬間、紙の黄ばみと古い墨の匂いが鼻を突いた。
時代を感じさせる手書きの記録。丁寧な筆跡で記された事件の数々が並んでいる。
そして──二十年前の項に、その名はあった。
「橘美桜(三歳)」
日付は秋祭りの夜。
「自宅より外出し、その後行方不明」
捜索を行うも手がかりなし、と短く書かれていた。
祐真は息を詰めた。
苗字は「橘」。
春香と同じ。つまり、春香が20歳のときに失った娘だ。
ページの端には、鉛筆で小さく書き加えられた走り書きがあった。
「赤い葉に導かれた」
「母親の証言、記録せず」
──なぜ、証言を削った?
祐真の胸に重いものが落ちる。
資料室を出ると、町役場の年配職員が廊下で待っていた。
「刑事さん、あんまり古いものに触れない方がいい」
「どういう意味ですか?」
「……その事件は、この町では“なかったこと”になってるんです」
男は怯えるように声を潜める。
「森に触れた者は、また森に呼ばれる。記録を残せば、繰り返す。そう言われてる」
「迷信で、記録を隠すんですか?」
問い詰める祐真に、男はただ首を振った。
「刑事さん、夜はあの森に近づかない方がいい。あなたまで呼ばれる」
祐真の胸に苛立ちが募る。
迷信を盾に真実から目を背ける──。
だが昨夜見た赤い葉と、木の顔と、少女の声は、どう説明する?
その日の夕暮れ、祐真は春香の家を訪ねた。
玄関を開けると、線香の匂いが漂っていた。
居間には小さな仏壇があり、写真立てが置かれている。
そこに映っていたのは、幼い少女。
笑顔の横に「美桜」と名前が書かれていた。
春香は静かに言った。
「……あの子は三つでした。私が目を離したすきに、祭りの音に惹かれて外へ出て。
気づいたときには、もう……」
声が震え、目に涙が溜まる。
「捜したんです。どれだけ叫んでも、答えは返ってこなかった。
ただ、森の奥から、囁きが聞こえたんです。
“かえして”って……」
祐真の背筋に冷たいものが走った。
春香は、唇を噛み、続けた。
「だから、分かるんです。今度は……くれはの番だと」
その夜。
祐真は交番で報告書を書いていた。
だが、書き進める手は何度も止まる。
“赤い葉”
“木に浮かぶ顔”
“呼ぶ声”
刑事として、これを記録に残すべきか。
だが残せば、自分まで“呼ばれる”のではないか。
視線を落とすと、机の引き出しにしまった赤い葉が、かすかに震えていた。
──かえして。
声が耳の奥で響いた。
祐真は思わず立ち上がり、部屋を見回した。
誰もいない。ただ、葉だけがそこにある。
拳を固く握りしめ、祐真は心に誓った。
「必ず見つけ出す。……くれはも、二十年前の真実も」
だが、赤い葉はその言葉を嘲笑うように、夜気に濡れて艶めいていた。




