第48話 封鎖区域の明かり
夜の帳が下り、村のはずれにある森が不気味なほど静まり返っていた。
風もなく、虫の声も途絶えたその空間に、ぽつりと人工の光が瞬く。
「……あれ、見えますか?」
美奈が小さく指を差す。森の奥、樹々の隙間から、淡い橙の光が漏れていた。
橘春香は息を呑んだ。
「……あそこ、ラボの方向じゃない?」
祐真は頷き、懐中電灯を手にする。
「封鎖されたはずだ。十年以上、誰も近づいていないと聞いてたが……」
美奈の声は震えていた。
「でも、見間違いじゃありません。あの建物……この前、中に入ったときと同じ光です。あの時も、誰かが私たちを見ていた気がしました」
春香は無意識に胸元を押さえる。
紅葉の失踪以来、彼女の手元にはいつも紅葉のペンダントがあった。小さな琥珀色の石が、街灯に反射して冷たく光る。
「……もしかして、紅葉が──」
言いかけた春香を、祐真が制した。
「行って確かめよう。俺が先に入る」
ラボ──かつて村の研究者たちが「地域伝承を科学的に解析する」と称して設けた施設。だが、20年前、不可解な事故と研究員の失踪をきっかけに閉鎖された。
表向きは忘れられた場所だが、村の者たちは皆、そこを“森の奥の禁域”と呼んで避けていた。
「祐真さん……本当に、入るんですか?」
「俺は、この村に戻ってきてから、あの夜の夢ばかり見る。美桜が消えた時のことを。──何かが、俺に思い出せと言っている気がするんだ」
美奈は唇を噛みしめた。
「紅葉も同じようなことを言ってました。『夢の中で、呼ばれてる気がするの』って」
三人は視線を交わした。
その瞬間、遠くで風が吹いた。森の奥から、ざわりと紅葉が揺れる音が響いた。
まるで──誰かが、笑っているように。
「行こう」
祐真の声が静かに落ちる。
足元の落ち葉を踏みしめ、三人は封鎖区域の立入禁止テープを越えた。
湿った空気が肌にまとわりつく。木々の奥、光の源が徐々に近づく。
──そして、視界が開けた。
朽ちかけた鉄柵。その向こうに、白い外壁がぼんやりと浮かび上がる。
ラボは、まるで生きているように脈動していた。
春香が息をのむ。
「こんな……まだ電源が残っているなんて」
祐真が鉄扉に手をかける。
「誰かが動かしてる。──この中に、“今も”いるんだ」
その瞬間、ラボの窓の奥に影が動いた。
人の形をしている。
だが、そのシルエットの首筋から、まるで枝のような黒い影がのびているのが見えた。
美奈の声が掠れた。
「……見ました? 今……誰か……」
祐真は扉を押し開ける。
錆びた金属音が夜の森にこだまする。
中から、湿った土と薬品の匂いが漂った。
春香が一歩踏み出す。
「紅葉……いるの?」
だが返事はなかった。
代わりに、ラボの奥から微かな音がした。
──カタン。
その音に導かれるように、祐真たちは闇の中へと進んでいった。




