第47話 祠の口
森の奥へと続く細い獣道を、春香、美奈、祐真の三人が進んでいた。
秋の夜は深く、月は薄雲に隠れている。
それでも、足元には紅葉の葉が一面に散り、まるで導くように光っていた。
「……紅葉が通っていた道だ」
美奈が小さく呟いた。
「高校の帰り道、彼女はよくこの森を通って帰ってたんです。
近道だからって。……でも、あたしは一度も一緒に通らなかった。怖かったから。」
その言葉に、春香は胸が痛んだ。
母親として、どうして気づけなかったのだろう。
秋祭りの日、紅葉は確かに笑っていた。
それが「最後の笑顔」になるなんて。
「ねぇ、春香さん……」
美奈が立ち止まり、振り返る。
「紅葉、夏休み明けからずっと変だったんです。授業中に窓の外を見つめて、“呼ばれてる”って。」
春香と祐真は息を呑んだ。
「最初は冗談だと思った。でも、日に日に痩せていって、黒板を見てても“音が消える”とか、“向こうで誰かが私を待ってる”とか……。」
「向こう?」祐真が問い返す。
美奈は唇を噛み、震える声で言った。
「“森の奥の口”……って言ってました。
“そこに行けば、全部わかる”って。」
祐真は無言のまま、懐中電灯を照らした。
光が木々の隙間を走り、やがて──一つの“石の鳥居”を映し出した。
鳥居の奥、苔むした岩の裂け目が口を開いている。
まるで生きているように、静かに呼吸しているかのようだった。
「これが……祠の口……?」
春香の声が震えた。
裂け目の奥から、冷たい風が吹き出してくる。
その風に混じって、かすかな声がした。
──みお。
──くれは。
祐真が反射的に一歩踏み出す。
だが、その腕を春香がつかんだ。
「待って。何か……呼んでる。」
その瞬間、美奈の携帯が微かに振動した。
画面には通知が一件──“未送信メッセージ”の表示。
開くと、紅葉の名前が出た。
送信日時は、秋祭りの夜、午後11時11分。
> 『ミナ、だいじょうぶ。
> 森の口が、ひらいたよ。
> ──もうすぐ、逢える。』
春香が顔を上げた。
その瞳の奥に、母としての恐怖と確信が混ざっていた。
「紅葉は……“ここ”に呼ばれたのね。」
森がざわめく。
枝の先から赤い葉がふわりと舞い落ち、祠の裂け目に吸い込まれていく。
そのたびに、低い呻きのような音が響いた。
美奈の足元の落ち葉が、不自然に揺れた。
見ると、地面がわずかに呼吸している。
そして、そこに沈むように──紅葉のノートが姿を現した。
ページがひとりでに開く。
春香が膝をついて覗き込むと、インクのような文字が浮かび上がった。
> “くれは は みつかった”
> “でも だれかが かわりに いかなきゃ”
「……どういうこと?」美奈が震える声で尋ねる。
祐真は表情を強張らせたまま、祠を見つめていた。
「この森は、“均衡を保つために誰かを選ぶ”。
昔、村で語られていた伝承です。
消えた者の魂は、代わりを求めて、次を“呼ぶ”と──。」
「まさか……紅葉が?」
春香の言葉に、祐真は目を閉じた。
「わかりません。でも……もしかすると、紅葉は“選ばれた”んじゃなく、“選んだ”のかもしれません。」
その言葉に、美奈は青ざめた。
「選んだ……? じゃあ──次は……」
森の風が止まった。
代わりに、耳の奥で誰かの囁きがした。
それは紅葉の声だった。
> “ミナ、ありがとう。
> つぎは、あなたの番。”
美奈の顔から血の気が引いた。
彼女の足元に落ちた影が、ゆっくりと祠の方へ伸びていく。
祐真と春香が必死にその手を掴もうとした──が、指先がかすり、影は裂け目の中へと消えた。
森が静まり返る。
ただ、裂け目の奥から、紅葉の声と美奈の声が重なって響いた。
> 「──呼ばれたんじゃない。帰ったの。」
春香の頬を、一枚の紅葉が撫でていった。
それは熱く、そして、涙のように冷たかった。




