第43話 呼応
森に吹く風が、音を取り戻した。
祐真が膝をついて息を荒げると、春香と美奈が駆け寄った。
二人の顔には恐怖と安堵が混じり、涙で濡れている。
「祐真さん……!」
「戻ってきた……よかった……」
彼はゆっくりと立ち上がり、視線を石碑へ向けた。
赤い光は依然として明滅していたが、その中心──影の形が変わりつつあった。
先ほどまで無数の声を上げていた“群れ”が、今はまるで一つに溶け合っている。
ぼやけた輪郭の中に、二人分の姿が浮かんだ。
──美桜と紅葉。
春香が小さく息を呑む。
「……やっぱり、いるのね……」
影は泣いているようにも見えた。
それは怨念でも呪詛でもなく、まるで“助けを求める”ような切実さだった。
祐真は一歩、影の前に進んだ。
「お前たちは……ただ、呼んでいたんだな」
春香が震える声で言う。
「……あの子たち、何かを“伝えよう”としている気がするの。
憎しみじゃなくて……“残されたもの”への想い……」
古沢住職が、経を唱える手を止め、静かに頷いた。
「“境界”は完全な闇ではない。呼ばれる側に“想い”が残れば、向こうもまた応じる……」
すると、美奈が小さく叫んだ。
「紅葉の声、聞こえる……! ほら、今!」
全員が息を止める。
確かに、森の奥から少女の声が響いた。
それは紅葉の声──しかし怨念のような響きではなかった。
『おかあさん……ミナ……わたし、見つけたの……』
春香の瞳が揺れた。
「紅葉……? どこにいるの……!」
影の中心が淡く光り、その光は紅葉がいつもつけていた髪飾りの形をしていた。
赤い楓の意匠──あの日、秋祭りで最後に見た彼女の姿そのものだった。
「それが……紅葉の“印”だ」祐真が呟く。
「彼女はまだ、完全に“向こう”に行っていない……境界の中に、留まってる」
美奈が涙を拭いながら言う。
「じゃあ、助けられる……?」
祐真は頷いた。
「ああ、ただし……そのためには、誰かが“境界の奥”へ踏み込まなきゃならない」
春香が即座に言った。
「私が行くわ」
祐真は目を見開く。
「だめだ、危険すぎる!」
「母親だから分かるのよ。あの子は私を呼んでる。私が行かなきゃ……また誰かが呼ばれてしまう」
その声には、母としての決意が宿っていた。
美奈が泣きそうになりながらも、静かに頷く。
「紅葉を……お願い、春香さん」
影が再び揺れ、森の奥へと風が流れる。
赤い光が一本の道のように延び、春香を誘う。
祐真は銃を握り直した。
「……分かった。俺も行く。今度こそ、何も失わない」
古沢住職は短く祈祷を唱え、二人の背を押した。
「道はおぬしらが作る。恐れるな、心を澄ませ」
春香と祐真は互いに目を合わせ、赤く脈打つ“境界の道”へと足を踏み出した。
背後で、美奈が震える声で呟く。
「……紅葉、必ず帰ってきてね……」
光が閉じ、森は静寂に包まれた。




