第38話 境界に立つ影
夜が更け、村は不気味なほどの静けさに包まれていた。
春香と美奈は、古沢住職の導きで寺の裏手に広がる古い参道を歩いていた。そこは「結界の道」と呼ばれ、子どもたちが決して入ってはならないと教えられてきた場所だった。
「……紅葉が消える直前、この道の名前を口にしていたの」
美奈がぽつりとつぶやいた。
春香は思わず立ち止まり、美奈の横顔を見つめる。
「やっぱり……そこに繋がっていたのね」
二人の足音だけが、ざらついた石畳に響いた。ふと、背後から別の足音が重なる。振り向くと、一ノ瀬祐真が懐中電灯を片手に追いついてきた。
「こんな時間に、何をしてるんですか」
低い声には、職務的な響きと、それを隠しきれない戸惑いが混じっていた。
春香が答えるより先に、美奈が言った。
「……紅葉が呼ばれたのは、ここだと思う。子どもたちが消えた共通点も」
祐真の目が一瞬だけ揺れる。
「……共通点、ですか」
古沢住職が杖をつきながら歩み寄った。
「祐真君、思い出し始めておるのだろう? 二十年前の秋、あの森で何があったのかを」
その言葉に、祐真の顔が青ざめた。懐中電灯の光がぶれる。
「……俺は……あの時、確かに聞いたんです。誰もいないのに、美桜ちゃんを呼ぶ声を」
沈黙が落ちた。風が吹き抜け、木々の影が揺れる。
春香は胸の奥に冷たいものが広がるのを感じた。
「紅葉も……同じ声に呼ばれたのかもしれない……」
美奈は唇を噛み、泣き出しそうな声で続けた。
「紅葉が最後に言ったの。『あの声が私を待ってる』って……」
祐真はぎゅっと懐中電灯を握り締めた。
「じゃあ……あの声の主を見つけなきゃならない。でないと、また誰かが……」
その瞬間、参道の奥からかすかな鈴の音が響いた。
三人は同時に息を呑む。
古沢住職の顔が険しくなる。
「……境界が開きつつある。急がねばならん」
春香は娘を取り戻す決意を、美奈は親友を救う誓いを胸に刻む。
そして祐真は、封じ込めていた記憶の扉を、完全に開け放つ覚悟を決めたのだった。




