第32話 血筋の烙印
古沢が置いた過去帳の頁を、春香と美奈は食い入るように見つめていた。
そこには、村で失踪した子どもたちの名が、淡々と筆で記されている。
「……あれ?」
美奈が小さな声を漏らす。
「この名前……“橘”って、書いてありますよ」
春香の血の気が一気に引いた。
確かに、享和の時代に消えた童子の姓は「橘」だった。
古沢が静かに頷く。
「そうじゃ。実はこの村で“呼ばれた”と記録される子の多くは……橘の家系に属しておる」
「そんな……」
春香の声が震えた。
美奈がさらに頁を繰ると、別の記録が目に飛び込んできた。
──大正十一年、秋祭りの夜、橘家の幼子ふたり行方不明。
──昭和四十八年、橘家の少女一名消失。
そして──
──平成十七年、橘美桜(3歳)失踪。
春香の手が紙の上で止まり、強張った。
指先が震えて字をなぞる。
それは、自分の娘、美桜の名前。
あの日の光景が蘇る。
屋台の灯り、ざわめく祭囃子、そしてふっと手の中から消えた小さな温もり。
「……まさか……紅葉まで……」
春香の声が途切れた。
美奈は唇を噛み、春香の腕にすがりつく。
「どうして……どうして紅葉が……。
でも、紅葉は十七歳ですよ? 他の子はみんな、三歳前後なのに」
古沢は目を閉じ、深いため息を吐いた。
「……祭りの夜、森が求めるのは“幼き命”とされてきた。だが、時に例外がある。
血筋が濃い者、あるいは代を越えて“選ばれる”者が……」
その言葉に、春香の心臓が止まりそうになった。
「代を越えて……」
「つまり……美桜さんの次は……紅葉さん……」
美奈が恐怖に青ざめた顔で呟いた。
春香は両手で顔を覆った。
自分の家系が、子を奪われ続ける宿命を背負わされていたのか。
その運命から、紅葉も逃れられなかったのか。
しかし胸の奥では、冷たい恐怖と同時に、燃えるような決意が芽生えていた。
──許さない。
──どんな因縁でも、紅葉は必ず取り戻す。
だが古沢の目は、暗闇を映すように重く沈んでいた。
「禁忌を破ろうとすれば、この村そのものが……揺らぐやもしれぬ」
春香の決意は試されようとしていた。




