第30話 森の記憶
ざわつく人垣の中で、誰かがぼそりと呟いた。
「……やっぱり、あの“森”じゃねえのか」
その一言が火種となり、村人たちの口から次々に古い噂が飛び出していった。
「子どもが消えるのは、決まって祭りの頃だ」
「そうだ。秋祭りの夜、森へ近づいた子は……必ず」
「“呼ばれる”んだよな」
春香の心臓が、強く跳ねた。
──呼ばれる。
それは二十年前、美桜が姿を消した時から、ずっと耳にしてきた言葉だった。
「美桜ちゃんの時もそうだった。確か……祭りの夜だったな」
「他にもいるだろう? もう三人、いや四人か……」
「皆、年の近い子どもたちだ。不思議と年齢も重なるんだよ」
春香の頭に、恐ろしい事実が浮かび上がっていく。
消えた子どもたちは、皆──三歳前後。
まるで、誰かに選ばれているかのように。
美奈も春香の手を握りしめ、小声で囁いた。
「……紅葉は十七歳だけど……“呼ばれる子”の共通点に当てはまらない……。
それなのに、なぜ……」
その問いは、春香自身の胸にも突き刺さった。
ざわめきの渦の中、誰かが祐真を睨みつける。
「祐真、お前は……都会で逃げてたんじゃないのか?」
「そうだろう、あの日の記憶から。なのに何で、また村に戻ってきた」
祐真は顔をしかめ、唇を噛んだ。
「……俺が望んだわけじゃない。異動の辞令で……たまたま、ここに……」
「たまたま?」
「いや、呼ばれたんじゃないのか?」
「二十年前の“あの日”を、まだ森が許していないんだ」
村人たちの言葉に、春香の背筋がぞくりと冷えた。
偶然のはずの人事異動すら、この村では「森に呼ばれた」と解釈されてしまう。
美奈は小さく首を振った。
「……祐真さんが戻ってきて、紅葉が消えた。……これって偶然なんですか?」
春香は答えられなかった。
ただ、祐真を取り囲む村人たちの眼差しが、次第に敵意と恐怖に染まっていくのを、震える心で見つめていた。
──紅葉を取り戻すには、この“森の記憶”を解き明かすしかない。
春香はそう直感していた。




