第28話 駆け付ける影
村の広場に響くざわめきと、遠くから迫るサイレンの音。人垣を割って、制服姿の一人の若い警官が駆けつけた。
駐在所勤務の一ノ瀬祐真(28)。息を切らしながらも、鋭い視線で現場を見回す。
「皆さん、落ち着いてください! 一体何があったんですか!」
春香の震える声がその耳に飛び込む。
「……紅葉が……娘の紅葉が、森に……呼ばれて……!」
その言葉に祐真の心臓がどくりと跳ねた。
「呼ばれて」という響きが、脳の奥に封じ込めていた記憶を揺さぶる。
ざわめく村人たちの間から、美奈が進み出た。
「駐在さん……紅葉は、私の親友なんです。森に入って、戻ってこないんです……!」
祐真は頷き、冷静を装いながら現場の状況を整理しようとした。だが、春香の顔を見た瞬間、目の奥が灼けるような痛みに襲われる。
──20年前。自分もこの森で、数人の子どもたちと遊んでいた。
その中に、幼い春香の娘──橘美桜(3歳)がいた。
笑い声。落ち葉を踏みしめる音。
そして、不意に聞こえた「おいで」という囁き。
次の瞬間、美桜の姿は消えていた。
「……っ」
祐真は思わず額に手を当て、呼吸を乱した。
鮮明に蘇るあの日の空気。あの時、誰もが“遊びに夢中になっていただけ”と証言した。
だが本当は違った。確かに、美桜は“呼ばれた”のだ。
春香が駆け寄り、祐真の腕を掴んだ。
「祐真君……あなた、何か知っているのね? あの日のこと……美桜が消えた日のことを!」
村人たちの視線が一斉に祐真に注がれる。
彼は唇を噛みしめ、言葉を選ぶように低く答えた。
「……紅葉さんだけじゃない。二十年前にも、同じことがあった。俺は、その現場にいたんだ……」
ざわめきが広がる。
美奈が不安げに春香を抱きとめ、春香は蒼白な顔で祐真を見据える。
「美桜が……“呼ばれて”消えた、その真実を……思い出してしまったんだ」
祐真の言葉は、秋の冷たい夜風に乗り、重く森の奥へと溶けていった。




