第24話 呼ばれし理由
闇は、夜の森を静かに侵食していた。
秋祭りの賑わいが嘘のように消え、ざわめきも笑い声も、ここには届かない。
氷川美奈は、足を止めて深呼吸した。
心臓の鼓動が早すぎて、呼吸が乱れている。
──紅葉を探さなきゃ。
その一心でここまで来たが、森の奥に踏み入るごとに、自分がなぜ導かれているのか分からなくなっていく。
ふと、風に混じって聞こえた。
歪んだ笛の音。
秋祭りの囃子に似ているが、調子外れで、不気味に伸びては途切れる旋律。
(紅葉……)
美奈の耳元に、誰かの囁きがした。
──こっちだ。
紅葉の声に似ていた。だが、確信は持てない。
足は自然と、囁きに導かれる方向へと進んでいた。
その先に現れたのは、見覚えのある人影だった。
「……美奈さん?」
松明の明かりに照らされたのは、古沢透住職だった。
彼もまた、この森に足を踏み入れていたのだ。
「あなたも呼ばれたのですか」
「呼ばれた……?」
古沢の眼差しは、どこか諦観を帯びていた。
「秋祭りの夜、この森は“誰か”を呼ぶ。失われた者を求める人間を。……そして、連れていく」
美奈は息を呑んだ。
「紅葉がいなくなったのは……そのせいですか?」
「……分からない。ただ、20年前に失われた子どもも、同じ秋祭りの日だった。君の友人だけが例外ではない」
古沢の言葉に、美奈の頭に冷たい霧が広がった。
「じゃあ、紅葉は……」
「生きているかもしれない。だが、その呼び声に応えた者は、皆帰ってこなかった」
そのとき、背後から枯葉を踏む足音がした。
振り向くと、そこに立っていたのは春香だった。
紅葉の母。
乱れた髪も気にせず、必死の形相で美奈に駆け寄る。
「美奈ちゃん……紅葉を見たのね?」
「……はい。でも、すぐに……」
春香の震える手が、美奈の肩をつかんだ。
「教えて。紅葉はどこにいるの。──あの子を呼ぶ声が、私にも聞こえるのよ」
笛の音がまた、森に響いた。
今度は三人の耳に、はっきりと。
古沢は低くつぶやいた。
「……やはり、あなた方母娘は“選ばれた”のだ」
美奈は、喉が渇いて声が出せなかった。
紅葉が消えたのは偶然じゃない。
──この森に“呼ばれる理由”が、紅葉にはあった。
そしてその影は、いま、美奈と春香にも迫っていた。




