第23話 罪の輪郭
夜の森は沈黙を取り戻したかのように静まり返っていた。
だが祐真の耳には、まだあの声がまとわりついて離れない。
──あなたは、まだ隠している。
春香と美奈は荒い呼吸を整え、古沢住職の近くに身を寄せていた。
一方、祐真は石段に腰を下ろし、額に滲む汗をぬぐいもせず、深い闇を睨みつけていた。
「……祐真さん?」春香が恐る恐る声をかける。
しかし彼は答えず、ぽつりと呟いた。
「俺は……あの日、森にいたんだ」
その言葉に、春香の背筋が凍る。
「……あの日って……?」
祐真は拳を握りしめた。爪が食い込み、血がにじんでも気づかない。
「二十年前の秋祭り。村の子どもたちと一緒に、森の外れで遊んでた。……そこで、泣き声を聞いたんだ」
彼の声はかすれ、途切れ途切れになっていく。
「俺は迷った。声のする方へ行くべきかどうか。だが……大人たちに『森に入るな』と強く言われてた。入ったら二度と出られないって。だから、俺は……背を向けた」
美奈の瞳が揺れる。
「……じゃあ……その声は、美桜さんの……?」
祐真は言葉を失った。だが沈黙こそが答えだった。
春香は唇を震わせ、地面に爪を立てる。
「じゃあ……あなたは聞いていたのね。美桜の声を……!」
怒りと絶望とが入り混じった叫びだった。
祐真は顔を上げ、春香を真っ直ぐに見た。
「……そうだ。俺は聞いていた。助けに行けたはずなのに……行かなかった。それが俺の罪だ」
その瞬間、森の奥から低いうなり声が響いた。
ざわ……ざわ……と木々が揺れ、黒い影が幾筋も地を這うように祠の周囲に広がっていく。
古沢住職が祈祷を強めながら声を張る。
「祐真、お前の罪は“扉”を開けた。心に隠していたものが森に呼応して、今ここに形を持ったのだ」
影の中から、小さな足音が響いた。
現れたのは、三歳の少女の姿だった。
大きな瞳を潤ませ、震える声で言う。
「どうして……迎えに来てくれなかったの?」
春香の目から新たな涙が溢れる。
「美桜……!」
手を伸ばすが、その手は空を切る。少女の輪郭は霧のように揺らぎ、祐真の足元に影となってまとわりつく。
祐真は両手で顔を覆い、嗚咽を噛み殺した。
「俺は……逃げたんだ……!」
森全体が響く。ざわめきは次第に笑い声や泣き声へと変わり、過去に失われた子どもたちの声が幾重にも折り重なっていく。
古沢住職は額に汗を滲ませながら叫んだ。
「祐真! 今度は逃げるな! その声に応えよ。そうでなければ、お前は再び森に呑まれるぞ!」
祐真は震える唇を噛みしめた。
そして初めて、真っ直ぐに少女の影へ向かって言葉を投げた。
「──すまない。本当に、すまなかった。だが、今度こそ逃げない。君を、見捨てない」
その瞬間、影はびくりと震え、少女の輪郭が崩れ落ちて霧散していった。
祠の前には静けさが戻り、ただ月光だけが冷たく降り注いでいた。
だが祐真の胸にはまだ、焼き付いた声が残っていた。
「まだ終わっていない」




