第21話 祠の囁き
夜の森は、昼間とはまるで別の顔をしていた。
木々の間から吹き込む風が低くうなり、足元の落ち葉がざわめく。まるで森そのものが息をしているようだった。
春香、祐真、美奈の三人は、古沢住職の導きで祠の前へと辿り着いた。
苔むした石段の上、小さな社が闇に沈むように佇んでいる。その周囲には、古い紙垂が風に揺れ、鈍く光を反射していた。
「ここが……」春香は小さく息を呑んだ。
彼女の胸の奥に、忘れていた痛みがじわりと広がっていく。幼いころ、妹の美桜の名を呼びながら探し回った記憶が、鮮明に甦りはじめていた。
「耳を澄ませてごらん」古沢透が静かに言う。
「祠は“声”を映す。失われた者たちの声を……あるいは、まだ届いていないお前たち自身の心の声を」
その言葉に従い、三人は祠に向かって目を閉じた。
すると──。
ひゅう、と冷たい風が頬をかすめたかと思うと、微かに幼子の笑い声が重なった。
春香は思わず目を開く。「美桜……?」
その声は確かに、三歳で消えた妹のものだった。祭りの日、金魚すくいを前に無邪気に笑っていたあの声。
同時に、祐真の耳にも別の声が届いていた。
低く、しかし切実に訴える声──。
「助けて……どうして来てくれなかったの?」
祐真の胸が締め付けられる。自分の過去に直接触れられたような痛みだった。
彼は幼いころ、村で行方不明になった子どもを“助けられなかった”記憶に縛られてきた。だがその子の顔も、名前も曖昧で──。まるで自分の罪悪感が形を取った幻影のようだった。
春香の肩を支えていた美奈が、不意に祠の方を見て顔を強張らせた。
「……誰か、立ってる」
視線の先、薄闇の中に白い着物を纏った少女の影が立っていた。
長い髪が風に揺れ、どこかで見覚えのある面差し──。
「くれは……?」
春香の声は震えていた。秋祭りの日に失った親友の姿。だが、その瞳は生者のものではなく、夜の森の深さを映していた。
影の少女は唇を開いた。
「どうして、私を置いていったの?」
その瞬間、祐真と春香の胸に深い痛みが走る。祠の囁きは記憶を呼び起こすだけでなく、彼らの罪悪感そのものを具現化していた。
古沢住職は合掌し、低く経を唱えはじめた。
「逃げるな。これは幻ではなく、お前たちの“内にある声”だ。……耳を塞がず、最後まで聞き届けよ」
森がうねり、祠が震える。
三人の前に立ちはだかるのは、過去の喪失そのものだった。




