表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紅葉-くれは-  作者: 菊池まりな


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/154

第18話 封じられた夜

夜の寺は静まり返り、蝋燭の火だけが本堂を照らしていた。

 橘春香は祐真と美奈を前に、震える手を膝に置き、言葉を探していた。


 古沢住職が静かに促す。

「春香さん、もう胸に抱えておくのは苦しいでしょう。ここで明かすのです」


 春香は深く息を吐き、そして語り始めた。


「……二十年前の秋祭りの日、私は三歳の娘を失いました。名前は美桜。祭りの賑わいの中、ほんの一瞬、手を離したすきに……彼女は森の方へ駆けていったのです」


 美奈が目を丸くする。春香の声は掠れて震えていた。

「追いかけました。でも、美桜はもうどこにもいなかった。ただ、森の中から小さな声が聞こえてきたのです。『かあさん、こっち』と」


 祐真は拳を固く握った。

 それは「迷子」ではなく、「呼ばれた」ような失踪だったのだ。


「……それだけじゃありません」

 春香の瞳が揺れる。

「今度は十七歳になった次女の紅葉が……同じように、森に消えました。彼女は言ったのです。『美桜が呼んでる。迎えに行かなくちゃ』と」


 言葉が途切れ、春香は唇を噛んだ。

「私は二度も……あの森に娘を奪われました。どちらも、遺体も痕跡も見つからない。ただ、風に混じって声だけが残るのです」


 美奈は思わず春香の手を握った。

「そんな……紅葉も……?」


 古沢住職が低い声で続けた。

「あの森は“魂を呼ぶ地”と伝えられてきました。愛する者の声を借りて誘い、連れ去る。人は抗えぬまま、影の中に溶けていく……」


 美奈は蒼白になり、かすれた声で言った。

「じゃあ、私が聞いている声も……」


 春香は激しく首を振った。

「違うの、美奈ちゃん。あなたはまだ呼ばれただけ。応じなければいい。どうか……どうか行かないで」


 その必死な叫びに、美奈の瞳が潤む。

「でも……声はとても優しいんです。私を責めないで、苦しみを和らげてくれるようで……」


 祐真が彼女に問いかける。

「慰めるような声……。美奈、君は何か後悔していることがあるのか?」


 美奈は唇を噛み、答えなかった。

 しかしその沈黙が、心の奥に“隙”を抱えていることを物語っていた。


 その時、本堂に風が吹き込み、蝋燭が揺らいだ。

 廊下の奥で、小さな声が囁く。


 ──美桜……紅葉……みんな待ってる。おいで……


 春香は立ち上がり、声を張り上げた。

「やめて! この子だけは奪わせない!」


 古沢住職が経を唱え始め、祐真は美奈の手を強く握った。

 その温もりだけが、彼女を現実につなぎ止めていた。


 だが、森の影は確実に忍び寄っていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ