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紅葉-くれは-  作者: 菊池まりな


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第128話 鈴の向こう側

 鈴の音は、森の奥から確かに響いていた。


 風に乗って偶然鳴った音ではない。

 一定の高さと間隔を保ち、誰かが意図して鳴らしている音だった。


 ──ちりん。

 ──ちりん。


 玄関先に立った祐真が、唇を噛む。


「……森だ。

 あの音、奥へ誘ってる」


 春香は首を横に振った。


「行っちゃだめ……

 あそこは……」


 二十年前の記憶が、脳裏に重なる。

 落ち葉に覆われた地面。

 泣き声。

 そして──姿を消した幼い美桜。


 美奈が、森を見据えたまま言った。


「……でも、紅葉は……

 きっと、あっちにいる」


 確信に近い響きだった。


 祐真が懐中電灯を握り直す。


「……行くなら、三人一緒だ。

 絶対に、名前を呼ばない。

 呼ばれても、返事をしない」


 春香は一瞬、迷ったが、ゆっくりと頷いた。


「……約束して。

 誰かが、私の名前を呼んでも……

 振り向かないで」


 美奈が、強く頷く。


「……うん」


 三人は、森へ足を踏み入れた。


 昼間とは別の場所のようだった。

 木々は互いに身を寄せ合い、空を隠す。

 足元の土は柔らかく、踏みしめるたびに湿った音を立てる。


 鈴の音は、一定の距離を保ったまま、奥へ奥へと移動していく。


「……近づいてる気がしない」


 美奈が呟く。


 祐真は低く答えた。


「……追わせてるんだ」


 そのとき──

 森の左手から、かすかな声がした。


「……はる……か……」


 春香の肩が、びくりと跳ねる。


 幼い声。

 間違いなく、美桜の声だった。


 だが、春香は歯を食いしばり、前を向いたまま言った。


「……聞こえても、振り向かない……」


 声は、次第に増えていく。


「……おかあさん……」

「……ここだよ……」

「……どうして、来てくれないの……」


 美奈は涙を堪えながら、春香の腕を掴んだ。


「……偽物だよ……

 本物なら……

 こんな呼び方、しない……」


 祐真の足が、突然止まった。


「……待って」


 二人が振り返ると、祐真は地面を照らしている。


 落ち葉を払った先に、不自然に盛り上がった土があった。


「……誰かが……掘り返してる」


 土は新しい。

 雨に打たれた形跡も少なく、つい最近、手が入ったことが分かる。


 春香の喉が、ひくりと鳴る。


「……二十年前も……

 同じような場所だった……」


 その瞬間、

 盛り上がった土の向こうから、鈴の音がした。


 ──ちりん。


 すぐ近くだ。


 美奈が、震える声で言う。


「……紅葉の……

 あのときの音と……同じ……」


 祐真が、意を決したようにスコップを手に取った。


「……確かめる。

 ここに……

 “何が埋まってるのか”」


 スコップが土に食い込む。


 ざく。

 ざく。


 二度目で、硬いものに当たった。


「……っ」


 三人の呼吸が、同時に止まる。


 祐真が慎重に土を払いのけると──

 現れたのは、小さな木箱だった。


 蓋には、かすれた文字で名前が彫られている。


 ──「くれは」


 春香の膝が、崩れ落ちた。


「……そんな……

 まだ……生きてるはず……」


 その瞬間、

 背後で、はっきりと足音がした。


 ぬちゃり、と湿った音。


 振り返らなくても分かる。

 何かが、すぐ後ろに立っている。


 低い声が、耳元で囁いた。


「……名前は……

 もう、返してもらった……」


 鈴の音が、至近距離で鳴った。


 ──ちりん。


 それは、逃げ道を塞ぐ合図のようだった。


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